日本国憲法の基本的な欠陥

 日本が大東亜戦争に敗れて何年たつであろうか。81年か、一世紀近くになろうとするのに、日本国の憲法は「一大欠陥」を抱えたままなのです。このブログに何回も書いていますが、日本国憲法は、丸裸のスッポンポンの自分の国を自ら守れない憲法なのです。

 敗戦が色濃くなったころ、日本は、だれの指示か不明ですが、「大日本帝国憲法」の改正に着手したのです。そのメンバ-は、宮沢俊義、大石義男らの憲法学者らと、「内務官僚」で後に憲法学者に転ずる佐藤達夫氏などです。

 学者でもなく専門家でもない不肖今唐加太朗は、いまだに「大日本国憲法」は読んだことはありませんが、「大日本帝国憲法」で十分民主主義国家としての運営は可能であるとの意見があったことは記憶に残っています。

 それは、「17条御誓文」が存在するのですから当然の話です。

 ともあれ、今は自由民主義国家としての固い同盟を結んでおかなけばならぬアメリカですが、ある意味では、トル-マン、ル-ベルトのコンビは、欧州戦線に参戦するため、無理難題を突き付け、帝国主義国家の時代で「先進国」は切り取り「自由の世界」であり、植民地になっていなかったのは日本とタイの二国だけだったのです。

 アメリカでさえフィリッピンを植民地として持っていたのです。

 そして、端的に言えば、立憲民主党と共産党との「対決、ごり押し」の根底に横たわっているのは、ㇲポンポンの丸裸の憲法なのです。新型コロナについて、「感染法」や「特例法」に罰則もつけられない原因がここにあるのです。

 意に足りない面があることは自覚しています。お許し下さい。

 ではまた、ご機嫌よう、さようなら。




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