あゝとに熱く!最高裁の「国旗国歌訴訟」の不当について(考察シリーズ)

 最高裁の「国旗国歌訴訟」の不当について(考察シリーズ)

 このテーマは、つい最近、既に廃止したが、このブログの関西限定シリーズ、大阪の教育条例で述べたが、項を独立させ、もう一度書いておきます。さて、このテーマのサブテーマは下の三つである。

 サブテーマの一つ、国旗、国歌を敬わぬ行為の哲学的、法的本質
 サブテーマの二つ、政党や政治家における方法論、遵守事項
 サブテーマの三つ、裁判官の資質の低下、ひいては日本民族の資質の低下

 さて、サブテーマの一つ、「国旗、国歌を敬わぬ行為の哲学的、法的本質」は、思想、内心、良心の自由は尊敬されるべきとの近代法制上の大原則からによる。寅さんの言う「労働者階級」的に云うと、あの子(男女の意)可愛いから寝てみたいな、と思っただけで罰せられたらたまったものではない。

 「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」などは、毎日のように牢屋に入らなければならない。

 しかして、不起立、不発声は、「外的表象」ではないと云えるが、大部分の先生が唄っている、立って居る、のであれば、そうしないことは立派な「行為」である、「具現的行為」であると云えるのである。産経紙(1月17日)が判決骨子を示しているが、この事を、裁判長は理解しているとは思えない。したがって、寛大な判断、判決も出したのだろう。

 日の丸は血塗られた旗だ、君が代は国民を戦争に駆り立てた、などの世迷言の政治勢力は、ヤットと言ってよいが、マイナーになって、国旗や国歌を敬うことがメジャーになってきつつある。そして、大阪橋下市長が完璧なものに仕上てくれるであろう。

  であるから、この法的考察も、ある学校で半分以上が敬っていないとしても、理論上は立派に対抗できるのである。

 次は、サブテーマの二つ、「政党や政治家における方法論、遵守事項」であるが、勿論、政治家や政党は自己の「政治的目標」を達成することが使命で、そのために活動しているのであろう。

 具体的に云えば、格差社会、派遣社会を是正したい、利己に走り労働者に利益を分けない経営者を場合によっては、ぶち込みたい、あるいは、戦争の出来ない国家を作りたい、場合によっては負けても良いが、戦争が出来る国家を作りたい。少ないだろうが、日本を共産主義国家にしたい、などである。

 しかして、その方法論であるが、ある意味で完璧すぎる法事国家である日本では、選挙を通じ国会で法律を作って達成しなければならないのだが、ソ連邦のスターリンのように戦略戦術を使い、搦め手からその目的を達成しようとする政党があるから困ったものなのである。

 これは、不肖、今唐の独断であるが、二審の裁判官はその可能性があるか、または、サブテーマ三に通じている、かどちらかであろう。

 これで最後だ、サブテーマの三つ、「裁判官の資質の低下、ひいては日本民族の資質の低下」であるが、既に、上で一つの事例について触れた。

 偏向した裁判官によるおかしな判決などが出た場合の最後のよりどころである最高裁判所の判事さんであるが、調べないが、恐らく国会人事であろう。そして、すべてが裁判官出身ではなく「民間人」も任命されるのであるが、法務当局、官僚はしっかりチェックをして欲しいのである。

 不肖、今唐は、つい最近では、大臣にまで「疑わしき人物」が迷い込んできたと考えているので、よくよくしっかりして頂きたいのである。官僚トップは日頃から情報当局とよしみを通じておいて、そちらの方のチェックと併せ識見的にもしっかりした人物を選んで欲しいと思うのである。

 総理が誤った人選をしてしまった場合などは、情報部門の官僚もだが、進退をかけて進言して欲しいのである。さて、総理や官僚にまで戦略戦術の手が回っていた場合だが、いよいよ、「日本国万歳と破滅の、最後の突撃」をしなければならないであろう。

 (この項おわり)

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