あゝとにあつく!ボブ・ディランノーベル文学賞、ヒッピィーの歌唄いの詩に何故だ(考察シーズ、ブログ)

あゝとにあつく!ボブ・ディランノーベル文学賞、ヒッピィーの歌唄いの詩に何故だ(考察シーズ、ツイッター風ブログ)

 彼の授賞に、つまり、ボブ・ディランのノーベル文学賞について、日本では大方歓迎ムードである。理由が解からない。

 たかが、ヒッピィーの歌唄いの詩は、トルストイやドストエフスキー、日本で言えば、森鴎外や夏目漱石、失礼だが、ぐんと比較するには段違いだが、毎年ノーベル文学賞の受賞候補者となる村上春樹氏の文学と比べようもない。

 今までのところ、本人から何のコメント出ていない。ひょっとすると要らないのかも知れない。本人も恥ずかしいのかも知れない。日本人は如何に「能天気」かというこだ。

 ネットで調べて観ると欧米の文学者や学者から強い疑問の声が上がっている。のほほんとしているのは日本だけだ。ボブ・ディランは、不肖今唐加太朗より一つ年下であった筈だ。

 畢竟(ひっきょう)、音楽と一体となった彼の詩についてノーベル文学賞は筋違いということである。

 「弟」である偉大なアーチスト、つまりは、フォークソングの歌唄いを貶(けな)すつもりは毛頭もない。ただ、「能天気」なスエーデンのアカデミーの見識の無さを嘆くばかりだ。

 (終わります、ご機嫌よう、さようなら)

 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック