あゝとに熱く!S氏の映画鑑賞、ジエームスディーンの理由なき反抗(1)(文学、ショートシリーズ)

 S氏の映画鑑賞、ジエームスディーンの理由なき反抗(1)(文学、ショートシリーズ)
 
 
 S氏の映画鑑賞といっても最近は殆どテレビである。若い頃は直接に映画館に出向いていたが最近では億劫であり、テレビのBSと地デジで古いものであるが放映してくれているのでそれで済ましているのである。

 つい、最近ではジエームスディーンの「理由なき反抗」を見て考えさせられたのである。ジェームスデーンの映画と書いたが、実は、1955(昭和30)年に、ニコラス・レイが原作を書いて、それを自らが監督で映画化した作品なのである。例によって、S氏はそんな作家が居たのだ、と考えて調べはしなかった。

 それでも、S氏はどういう時代であったのか知りたいと思い、前にネットで調べたことがあったので、これは直ぐわかる、と考えてその年の出来事を調べた。

 1955(昭和30)年と言えば、日産自動車が最初の車の「ダットサン・110」を発売(1959年発売の「ブルーバード」の源流である)、佐世保の炭鉱で大規模なボタ山崩落事故(犠牲者68人)が起こっていた。

 京都大学では学生組織などと大学当局が対立、瀧川幸辰総長が監禁暴行される第2次滝川事件があり、そのころから学内の学生会館が自由に使えるようになったのかともS氏は思ったのだ。そして、日本の国際連合への加盟にソ連が拒否権を行使をした、ようなときである。

 さて、とS氏は考え、「ジエームスディーンの理由なき反抗」はどんな内容であったのかと今見た内容を反芻した。考えると、今の日本人とそっくりだと考え愕然としたのである。

 主な、登場人物は高校生の少年と少女で、更に、黒人の雇われ家政婦と二人暮らしの学年が下らしい男の子で、それに同窓の悪がきグループがからむのである。

 それに三つの家庭の父母が加わる。また、S氏は日本にも今でもいることを願ったが、酒を飲み暴行事件を起こしたジェームスデーンを取り調べた本当の刑事らしい刑事である。

 彼は、夜でもいいから私に連絡しろ相談に乗ってやる、と告げるのである。そして、映画では丁寧にその前にジミーの父母の駄目さ加減を会話のやり取りで紹介しているのである。

 そして三人の少年少女は自分勝手で放縦な一面があり、母親は周囲に気配り出来ず、父親は男としての矜持もなく母親に押し切られるのである。だが、それぞれに親として自分の子供は愛しており、一見では正しいのである。だが、S氏にはわからないが、何かが不足している夫婦なのである。

 S氏はしばしば映画監督のような気分になる癖があるが、「理由なき反抗」を見たつもりであったが、彼は、映画を見てからそうではいないと感じたのです。S氏がジミーの映画を見たのは「理由なき反抗」ではなく「ジャイアント」であったのである。そして、「ジャイアント」との映画は見たとの確かな記憶はあるのです。

 その内容は、ジミーがテキサスで石油を掘り当てて億万長者になるのですが、望んだ恋が実らない話であったと思い出したのです。映画監督になったつもりのS氏は、未だ年は若いのに、若い頃から初老の役までも見事に演じている、主役を食ってしまってる、との感想を持ったのである。

 (つづく)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック