あゝとに熱く!英霊との遭遇(2)(文学シリーズ)

 英霊との遭遇(2)(文学シリーズ)

 S氏はこの暑さにお手上げであった。それでも、今日は8月15日だと考えて、正午にはテレビに合わせて東に向かって黙祷の真似をした。だが、黙祷しながら昨夜見たテレビのことを思い出した。それは特攻隊員の遺書の話であった。その遺書で彼は、母親のことを気にした内容を残していたのである。

 遺書の内容だが、自分はこれから皇国の為に散る覚悟だが、自分を慈しみ育ててくれた母親に感謝し、小学生らしい弟と妹にも別れを告げ、母親の後事を託しているものであった。おそらく、彼の母親は病弱であったかも知れず、また、母子家庭であったかも知れない、と考え、S氏の母親が同じような時、端正な姿勢で和裁に勤(いそ)しんでいる姿をも思い出したのである。

 細君はこの暑さの中、デパートの冷房の中に出かけて行ったので、S氏は三日後の日曜日には、ゴルフの月例競技に参加するのでゴルフの練習に行くことに決めたのである。

 朝食も取らず黙祷まで、例によってごろごろしていたので、昼食代わりにゴルフの打ち放し場の一階にある食堂で作るピザトーストとコーヒー、また、その前に摂る生ビールの一杯の魅力が彼を誘惑したのである。

 ゴルフの練習場には午後一時前に着き、食事を楽しんだ後、彼の見込みどおり打席は開いており1階の隅だが、直ぐ取れたのである。

 一番の隅は左利きの者の席で既に奇妙な格好をした若者が練習していたのである。S氏が奇妙に思った理由だが、若者は飛行帽のような首筋までの日避けが付いたたつばのない深い帽子を被っており、サングラスでもあるのだろうが色眼鏡を額のところに、まるで、風防眼鏡のように巻きつけて、カーキ色のだぶだぶの半ズボンを穿き、また、同色の開襟シャツ姿であったからだ。

 打ち放す打球は鋭く、また、S氏のような広角打球ではなくほぼ一点に集中しており、シングルプレーヤーであることが予測できた。

 S氏とは背中合わせであったが、芯を食った鋭い打球音を聞きながら、S氏は練習を続けて居たのがだが、彼が何かをつぶやいていることに気が付いた。彼はスイングの合間に何故だ、何故だと、つぶやき続けているのである。

 再び、Sは昨夜のテレビの内容を思い起こしゾッとしたのである。S氏も昨夜のテレビを見ながら何故だ、何故だとつぶやき続けていたのである。終戦記念日が近付くと例年、何所のテレビ局でも特攻隊員の番組を作るのだが、不思議なことに彼等の行為について、一様に、感謝の言葉が抜け落ちているのである。

 代わりに、不戦の誓い、平和への尊い礎、犠牲などの言葉で締めくくるのであるが、その理由は、端的に言えば大東亜戦争の肯定に繋がるからであろう、とS氏は気が付いたのである。

 S氏は受付に行って打席表を確認してみようと思い立ち、自身の打席から離れて事務所への入り口で振り向くと彼の姿は掻き消えていたのである。S氏はやはり、と思い帰宅までの途中にある小さなお宮に、彼の母親共々冥福と感謝を祈ろうと決めた。

英霊との遭遇(文学シリーズ ショート(5))
<< 作成日時 : 2010/08/17 10:01 >>
http://39383054.at.webry.info/201008/article_18.html

 (おわり)

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