あゝとに熱く!尼崎事件、角田美代子被告の本質部分について(考察、文学シリーズ)

 尼崎事件、角田美代子被告の本質部分について(考察、文学シリーズ)

 先ず、警察、検察のご苦労には頭が下ります。良くぞ、根気良く捜査を尽くしてくれました。寅さんの言う「労働者階級」、つまり国民共々、学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗も、お礼を申し上げます。

 先日、NHKアーカイブス?が連続殺人事件の永田死刑囚とその事件の精神鑑定医の先生のドキュメントを流してくれた。人間の業、家庭環境、貧しさの問題、いじめ、父親の役割、などの問題、また、裁判のあり方、人間の生き方、国のあり方などについてまで、にも思いが至ったのだ。

 いささか不遜だが、巷の文学者でもある不肖、今唐に、もう少し根気があれば、上の小テーマにモチーフの肉付けを行ないプロットとして組み上げればトルストイの罪と罰のような大作が出来上がるであろう。

 有為な編集者が、有能な秘書とホテルの一室を提供してくれれば、不肖、今唐はノーベル文学賞に指摘する大作を仕上る自信がある。また、永田死刑囚は一冊(永山則夫『無知の涙』河出書房新社)は承知していたが、その他にも、小説を書いているそうだ。

 さて、本論の一つ、上の例では、人間の業と書いたが、この「角田事件」は実に悲惨である。人間に対する絶望感みたいなものまでが押し寄せてくる。限りなく哀しい気もするのである。TVで遺族の親族として紹介された者が、もういいいから一刻も早く死刑にしてくれ、と語ったがその気持ちが痛いほど良く解るのである。

 今、このことの前にノーベル文学賞云々とふざけた事を書いた理由は、前置きとして少しはこの気持ちをやわらげたいと思ったからだ。他意はありません。

 二つ、永田死刑囚の問題に戻るが、彼は幼少期からずっと肉体的にも、本来は仲良しである兄弟からも、母からも、虐め続けられたのである。身体的にも小さくひ弱であったこともあって、ひたすら耐えることで、生きてきたそうである。そして、母は、行商で日銭を稼ぐ生活で、父親と言えば酒のみの博打(ばくち)打で、そんな母親から金を巻き上げる始末であった。

 結局、彼は人間として「完成」するチャンスはなく、「未完成」のまま集団就職で世に出たのである。

 就職先では、本来の彼の「人間的な本源部分」に従ってだろう、一転して、精一杯に働き評価されるが、疑心安危な負の一面から、暖かな言葉も受け付けられず、職場を転々とした挙句に連続殺人を犯すのである。

 それが、分析官の分析(主意、PTSD)である。また、母も彼と同じような状況で、つまり、生活環境で成人しているのである。それが子供達に親としての優しさを示せない一つの要因なのである。

 彼は、獄中では、紆余曲折があったようではあるが、勉学し、思索し、人間を完成させたのだ、と不肖、今唐は理解したのである。彼は受け取った二名の遺族については、著作の印税を送り続け、先生も、鑑定書の最後では、「人間の完成途上にある」、旨を記載したのである。

 彼は差し戻し再審で、無期懲役となったのだが、差し戻した東京高裁では鑑定書が評価され、下級審や最高裁では無視され、死刑となったのである。

 そして、不肖、今唐は、矛盾することは承知の上で、死刑も正しかったし、差し戻し高裁の無期懲役も正しかった、と思うのである。

 長くなったが、角田事件での被害者、加害者に上の永田死刑囚の状況が見事に重なる、と不肖、今唐は考えるのである。

 そして、特に、永田死刑囚での精神科医・石川義博は立派である、とも考えるのだ。

<ご参考、ウイキぺデイア>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%B1%B1%E5%89%87%E5%A4%AB%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%B0%84%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

○ 当時、精神犯罪医学者として嘱望されていた精神科医・石川義博による緻密なカウンセリングを長期にわたり八王子医療刑務所で受けており、PTSDに着目した日本初の鑑定書として一審から提出され続けたが、東京地裁は黙殺したものの控訴審の東京高裁では重視され無期刑への減刑判決となった。しかし上告審では再度採用されなかった。 石川は、死刑確定後、いっさいの鑑定依頼を断り、町医者として現在も医療に従事している。

 (この項おわり)
 

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