あゝとに熱く!酒蔵(さがぐら)のお嬢さん(1)(文学シリーズ ショート(30))

 酒蔵(さがぐら)のお嬢さん(1)(文学シリーズ ショート(30))

<起章> 
 
 地震には、幾度も経験があるせいでしょうか、性格なのか、おびえないのですが、今度のものは心底に怖いと思ったのです。私は、随分昔になるのですが、思わずこの古びた酒屋に嫁いできたことを、何故か、思い出していました。

 家中の物が、あっと、思う間も無く散乱し、大きな家具なども倒れこんでくるのです。少し治まったとき、先ず、娘が屋敷の外に飛び出し、次いで息子が飛び出し、主人はと見るといつもの場所に座り込んでるのです。また、周囲には雑多なものが飛び散っておりました。私は思わず、「お父さん大丈夫ですか」、と問いかけ、いつもそうするように左腕を抱え上げました。

<承章>
 
 娘と息子は屋敷や酒倉の周囲を巡る塀の、蔵あたりの道路に呆然と佇んでおりました。夫はと申しますと、娘と息子の前に大あぐらをかいて座り込んでおりました。その時、私は、門の前で入ろうか、入るまいかと思い悩みながらうろうろしながらも咄嗟に娘に申しました。ガス消してね、とそして意を決して奥座敷の箪笥に向かったのです。

 夫の口癖の、何しろ、鎌倉時代から続く古い家、なのですから、家や酒蔵そのものも散々な有様でした。私は奥座敷に向かったのですが、行くことを諦めました。キッチンの方に行って見ると娘はもう居ませんでした。

 門の外に走り出すと、元の場所で、息子は夫の傍に立ち、娘は夫と何かを話しておりました。後から聞いたのですが、その時、夫は、子供を私の代で亡くしてしまった、とぶつぶつ喋っていたのだそうです。夫はお酒のことを子供と言っているのです。いかにも夫らしい、とこれも後から思い、何故か無性に笑いたくなるのです。

 娘は、私をみると、瓦斯栓大丈夫よ、ブレーカーもよ、ときっぱりと言ってくれたのです。我が家にはキッチンに電気の元の遮断器もあるのです。私はこの言葉を聞いて娘について、あれっと、新しい何かを発見したよう気がしたのです。

 そして夫は私には、鎌倉時代から続いた酒蔵を潰してしまった、と鎌倉時代はこれも主人の口癖なのですが、呟くのです。その時、私は夫の座り込んでいる姿に、何か異様な雰囲気も感じたのです。

<転章>
 ゆれが納まると娘は屋敷の中に入って行きました。そうだ、と私も気付きまして、夫と息子の二人に声を掛けてキッチンに向かったのです。キッチンに向かった理由ですが、広い塀の中で、建物らしきものはその周辺だけでありました。そして、家族4人でとりあえずの生活の場を作ったのです。

 恐らく、主人の言う息子、お酒や、その他の仕込みの樽なども殆ど駄目になっているのです。その様子を見て来ると主人は、鎌倉時代から続いてきた息子を私の代で殺してしまった、息子を殺してしまった、と何回もつぶやき本当に大あぐらを構えるのは良いのですが、頭を前の方に落としてしまったのです。

 娘は一言だけ、お父さん大丈夫、と声をかけた後、その横に座り込むと、娘までが、なにやら眉間に皺を寄せるて宙を見据えているのです。

 私は東北の出では御座いません。主人とは東京の大学時代に知り合い、亡羊としている主人に興味を持ち、しかも、古くから続く酒蔵の御曹司ということにも知って、親の反対を押し切り福島まで嫁入りをしたのです。娘はと言えば、私や夫と同様に東京の大学で生化学を専攻し、卒業してから、もう、5年になるのに未だに家の方でぶらぶらしており、時には東京に出かけていますが、本当に欲の無い娘なのです。

 地震の後は電気も電話も通じずに、その当夜は、親子四人で久しぶりに薪で火を焚き、むしろ美味しくご飯も頂きました。久しぶりのキャンプ気分でも御座いました。 

(つづく)

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