ああとにあつく!狂乱の相撲叩きについて(考察シリーズ)

 狂乱の相撲叩きについて(考察シリーズ)

 この記事のテーマは二つある。その一つ、相撲協会の公益法人の取り消しをするな。二つ、NHKは、春場所の中継を止めてはならない、ということだ。

 このことの理由を次に示します。理由の一つ、相撲は「日本の文化」なのである。

 「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」には、確かに、記憶がある。何かの本か文章で読んだのだが、欧米においては「前は」晒しても、つまり、女性器(表装(陰毛の部分であろう))や男性器は晒しても、お尻は晒してはならないのだという。そういえば、ギリシャ彫刻は堂々とそれらの部分は晒している。

 ところで、今、後ろの方は余り記憶がない。後方に回ってみれば、兎に角、お尻も晒してはいるだろうとは思うのであるが。

 ところが、日本の相撲は「まわし」を巻いているとはいえ、お尻を堂々と晒している。そんなこともあって、欧米においては「相撲(スモウ)」は秘かに人気があるのである。テレビは全世界で見られている。不肖今唐が旅行会社の営業担当か、企画部門にいれば、「セレブの超高級ツアー」として、大いに、秘かに、売り出す(商品作る)であろう。女性の一人旅であれば、最高級のホストクラブもセットである。

 少しは、日本の財政改革に寄与するであろう。

 それに、彼女、彼等が相撲に興味があることに繋がると思うのだが、一神教の彼女、彼等は、つまり、論理では割り切れない、日本の文化に興味を持っているのである。

 それは、情緒、空気の支配による意志決定(山本七平氏、空気の研究)、惻隠の情、阿吽の呼吸などである。

 相撲は、正にそのものようなものなのである。この文化は、彼等、彼女らには、「茶屋制度」などと同様なかなか、本当に、理解できないものなのであろう。

 だが、この文化はある意味世界に通ずる「真理」なのでもある。全ての真理や発見は理詰めの論理だけで突き詰められるものではなく、ふいっと、突然ひらめいたり、天上から舞い降りたりするものなのである。

 つまり、書き切れたとは思っていないが、上に書いたような日本文化の真髄が相撲なのである。だから、乱暴ではあるが、筋書きがあっても良いのである。曖昧模糊として、勝ったのだか、負けのだか、わからないところがあっても良いのである、それが日本の文化なのである。

 そうでなければ、山本七平氏が言うように負けると解かっている大東亜戦争を、日本人が始める訳がないであろう。

 理由の二つ、八百長を、今更、何故、大騒ぎするのだ。相撲の素人の不肖、今唐でさえ「八百長はあるであろう」と言うことが常識でであった。このブログでも白鵬の連勝記録が途絶えたときに書いたと思う。ばっかじゃなかろうか、と思う。

 石原東京都知事も云っている、だが、不肖今唐は「国技」であっても良いと考えている。国技であることを「チャンチャラ」可笑しいと否定することは、これも「チャンチャラ」可笑しいと思う。

 柔道三段、剣道二段の不肖今唐は、見れるときは、必ず、お相撲も、テレビであるが見てきたのである。金髪でない馬鹿な豚野郎のメデイアのキャスターやコメンテーターがしたり顔で、思いつきの皮相的なことを喋っていると、これも「チャンチャラ」可笑しいと思ってしまうのである。

 最後に、愛妻で愚妻のわが妹が言っていることを、付け加えておこう。「今は、21世紀である。「相撲協会」からではなくても良いが、部屋からでも良いが、十両にまでも達していない若手にも「給料」を出してやるべきや」、と云っているのである。

 不肖今唐もその通りであると思う。それに、八百長はあってはならないが、「あっても良いとは思う」。但し、金のやり取りは否定するが。もし、友人が角番であれば、不肖、今唐も負けてやるであろう、と思うのである。だが、これはメールも残らないし、知るのは友人だけである、のだ。

 それが、日本の文化であるし、日本人なのであると思う。

 (この項終わり)

 

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