ああろにあつく!T大卒の歌い手さんのこと(文学シリーズ ショート(4))

 T大卒の歌い手さんのこと(文学シリーズ ショート(4))

 わし、鳥取から大阪に中学の仲間と出てきて集団就職をしたのです。今は、畳屋の大将で、幸いな事にやっと息子が後を継いでくれたので一安心しました。

 息子の仕事は忙しい程のこともないのですが、時々は、息子の手伝いをしております。また、妻も死んで、3回忌も済んだし、孫も大きくなって可愛さも過ぎたので、もうなんの思い残す事もないのです。

 そんな事情や年のせいか、時々、昔のことを思い出します。その一つが、T大卒の歌い手さんのことです。最近では、余り、テレビにも出ませんし、何故思い出すのか、その理由はよくわかりません。

 今日は、何故か、その人のことを、思い出すままにお話ししたいと思います。

 息子や嫁や孫に話したところで、彼等、彼女らには、訳が解からないだろうし、「爺さん呆け始めたか」、と思われるのが関の山だろうと思います。年寄はあまり若い者に迷惑を掛けずに、ひっそりと余生を送るのが良いだろうとも考えているのです。

 わしが大阪で勤めた畳屋の大将は良い職人で、夜間高校にも進められて行きました。大学にも行けと進められましたが、それは、あまり乗り気ではなく、わしはなによりも、稲と井草の匂いを嗅ぎながらもくもくと畳を縫い上げて、その間に、いろいろ物思いすることが好きだったのです。なんとも云えぬ良い気分でした。

 残念ですが、今は、殆ど機械がやってくれます。昔は、右ひじを畳表にあて、ぎりぎりと右ひじを梃子に使って締め上げて畳みを縫ったものです。右ひじには足の踵のようなタコが出来ていたものですが、今は消えうせてしまいました。

 大将はA週刊誌を欠かさず取っていて、大将が読んだ後、その週刊誌を部屋まで、大将のおとなしい一人娘が持ってくるようになりました。わしは、結局、大学には行かなかったのですが、その週刊誌を最初から最後まで読むようになり、連載の時代小説なども待ち遠しいくらいで、とうとう本好きになっってしまったのです。

 歌い手さんに何故関心を持ったかと言うと、当時は、随分昔のことで、学生さんも大層元気があって、アメリカとの安全保障条約に反対して大学の内外で暴れまわっていたのです。

 職人のわしに言わせれば学生さんなどがデモや大学に立てこもったところで、どうにかなるものではなく無駄なお遊びだと、また、馬鹿な連中だとも思い、大将に進められたが、大学に行かなくてよかったとも考えておりました。

 私の考えは単純でした。日本には警察もあり、その後ろには、当時でも、朝鮮戦争があった関係もあり、自衛隊も立派に出来ていたし、その上、自民党は議会で多数を占めているし、ソ連や中国の軍隊が出てきたところで世界で一番強いアメリカが控えているのですから、どうにかなる筈がないのです。

 それに、共産主義が云われているように、大層立派なものではないことは、国民の殆どは知っている事でした。朝鮮半島では、日本人には、こりごりの戦争を仕掛けてくるし、ソ連は理不尽に、戦争に負けた日本人をシベリア開発に使って帰さない、と言うようなことがあって、このことは、共産主義の胡散臭さは、当時でも当たり前の話しであったのです。

 ところが、大将のA週刊誌のグラビアに学生が立てこもっているT大学の「時計台」を見上げている彼女の写真が載っていたのです。紹介の記事は忘れているし、そして、写真の場面も正確には覚えていないのですが、何故か、その場面を時々思い出すのです。

 彼女は、もう、相当有名な歌手になっていて、声に特徴があって、私の好きな歌い手でした。T大学は日本でトップの大学で、その大学を出て歌手になったと言う事も珍しく思い、また、「時計台」に立てこもっていたのかどうか知りませんが、学生運動の幹部と獄中結婚したことにもびっくりしたのです。

 それは、上手く話せないのですが、日本で一番の大学を出た、歌のうまい情緒や感性が豊かである筈の彼女が、何故、という違和感、あるいは嫉妬みたいな感情であったかも知れません。

 そんな想いがあって、その場面を時々思い出していたのかも知れません。ところが、つい、本当に最近の話ですが、わしらの職人仲間でカラオケも上手く、こんな事情に詳しい友人から、このことについて、説明をうけて、すっと胸のこだわりが解けたのでした。

 彼女のご主人は、もう亡くなっているそうですが、京都での彼等の集会に彼女の参加を依頼したのですが、彼女は京都まで出て行ったそうですが、出演せず、一夜だけ飲み明かしたそうです。

 その席で、ご主人が「知床旅情」を歌ったそうですが、大層上手い歌であり、どうやら彼女がまいってしまったようなのです。

 「知床旅情」はMという満州帰りの役者が作って唄った歌で、大層、旅情に富んだアイヌの乙女との恋歌です。そして、日本的な情緒が豊かな歌でもあります。Mは国民栄誉章も受け、何かにつけても相当な男です。ご主人も、歌い手の彼女を感銘させるほどですから、M同様に相当に力量のある男であったのだろう、と思うのです。

 彼女のご主人の「運動」も、単なる安保反対ではなく、大東亜戦争には負けたが、再び、日本の自尊を取り戻す運動であったのだと理解が出来たのです。そんな風に考えると、胸のつかえ見たいなものがすっと取れたのです。

 < ご参考 加藤登紀子 知床旅情 >
 http://www.youtube.com/watch?v=T40Tx2WS6Ag&feature=related 

 (おわり)    

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