ああとにあつく!ぷかぷか(6)(文学シリーズ短編その4) 第3章 東京の吉祥寺でのこと(1)

 ぷかぷか(6)(文学シリーズ短編その4) 第3章 東京の吉祥寺でのこと(1)

  「さっきの唄はリリースしてるの」と聞いた。目を見開いて、あん娘(こ)は悲しそうに黙って頷いたのだった。それを見て、余り売れていないのだ、と私は考えた。
 
 「上手いけど、時代にあってないよ。ブレイクはしないよ。」残酷だが、そう云った。当時の、日本の時代はアメリカとの戦争に負けたが逞しく立ち上がり、一応、安保反対などで、反米の心意気も示し、急激に20世紀を突き進んでいた時代であったのだ。

 「帝国ホテルのラウンジで、何もかも心得て、満ち足りて、本当に愛し合った、枯れた老夫婦は満足するだろう。だが、二人は決してレコードは買わない」と言い、そして、「日本語の、夕焼け小焼け、も良いけど、このような日本らしさをしみじみ伝える歌を理解するのは、極、少数の人間だけだろうな」と追加した。

 あの娘は、ポロ、ポロと、突然涙を流した。

 「解っているわ」と言った。その時、私も悲しくなったのだった。思わず、涙を流してしまった。あん娘(こ)は私の涙を指先で拭ってくれたのだ。

 なんで、こんな昔の事を覚えているのか不思議であった。芸術より、商売の時代だ、とのお兄ちゃんの言葉だって覚えていたのだ。そして、ライブハウスの傷はあったが紫檀のカウンターには、二つのブランデーグラスがあり、柿右衛門の二つの小さな小皿にはピーナッツの粒がそれぞれ虚しく転がっていた。

 あの娘(むすめ)とのことは、私の心の奥深く沈潜していて、決して消え去る事はないのである。いつでも、鮮明に思い起こす事ができるのである。

 「これは、出張費、東京にも仕事があったはずよ」とお局が言った。最近の二、三の仕事について、その後を確認しておく必要もあった。開業時の営業活動が実っているのだ。豪華マンショの住人のお嬢さんが開業するフラワーショップと貸家に出すための「家具つきリサイクル」などであった。

 営業の「ブックつくり」は、お局がやった。彼女には十分才能があった。美術作品と言っても良いような「ブック」にいつも仕上る。

 「捨てられるような物は作るな」との指示を出し、1、2回、駄目出しした筈だった。絵画集のように保存させ、時々取り出して眺めさせるような「商品・作業展示集」である。単価を安く抑えるため、手作りで彼女はいつも仕上げる。これを1年単位で更新する。もう何冊になるだろうか。東京圏と関西圏だけに蒔いているのだ。

 私への気配りは、ひょとしたら、お局はあの娘(むすめ)をプロジュースするつもりがあったのかも知れない。当時、そう思った。骨董屋や画廊まで視野に収めている目先の利くお局なのだ、今から思うとそう思う。それほどあの娘(こ)はお局を魅了したのだった。

 当時、企業としては内部留保も少しはあった筈だ。当然、あの娘には、事務所で手伝いをさせながら、ここに住まわせ、場合によっては、下の階の、訳のわからないミシン屋を立ち退かせ、一階を借れてしまっても良かった筈だ。今はそうしている。

 そして、専属のマネージャーをつける、これも長い視野に立つ会社への展望だったのだろう。生け花と同様に、わが社の業務への手助けにもなる、と私も考えたことがある。

 だが、あん娘(こ)には、どうしようもなくなるほどの不安があるのだ。それほど、唄に執念があるのだろう。従って、何かに依存したくなるのだ。煙草がその一つだ、とも考えたのだ。

 (つづく)

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