アフガンの偉人、中村哲さんが殺害された事件についての考察。

 中村哲さんは元々、医師であり推察ではあるが、その関係でアフガンに入ったのであろう。そして、福岡市のNGO組織「ペシャワール会」から、派遣されていたようなのだが、自己の信念から、アフガンに張り付くことになってしまったのであろう。

 つまりは、アフガンの「混乱」を根絶するためには小手先の小細工では駄目で、根源的な対策が必要であるとの信念をお持ちになったのであろう。用水路の建設により国土を豊かにする、との信念なのであろう。

 それは、広大で肥沃なアフガンの国土を作り出すことに到達したのだろう。その様子が、局は忘れたが、テレビの画面から流れ見事なものであった。

 また、「アフガン警察」も容疑者は確保しているようだが、未だ、殺害の詳細な状況は明らかにされていない。中村哲さんの居住地である福岡県警も刑法の国外犯の規定から、捜査員も選定したようで、検視も、既に、実施したそうだ。

 彼の成し遂げたことの偉大さは、アフガンのアシュラフ・ガニ―大統領が、自ら、彼を収めた棺(ひつぎ)を肩にしたことで証明されるのである。そして、「ペシャワール会」なり日本政府なりは、中村氏の活動を、是非、引き継いでほしい。

 ではまた、ご機嫌よう、さようなら。


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