原爆の日、被爆後73年に思うこと(ツイッター風ブログ)

 昭和20(1945)年8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機、エノラゲイがウラン型原子爆弾を広島市に投下した。

 メディアや安倍総理を始め、誰も言わないので書いておくが、アメリカは落とす必要も無いのに黄色人種の日本に原爆を使ったのである。だが、アメリカは日本の降伏を早めた、多数のアメリカ人の命を救った、と弁明する。

 しかし、日本はソ連に降伏の調停を依頼していたし、恐らく、日本の暗号は解読していたであろうし、日本が青色吐息であることはアメリカは承知していたのである。

 さて、唯一の被爆国として核廃絶を世界に呼びかけることも重要なことであろう。また、被爆者については、少ない割合であるが、遺伝子、ゲノムに変異が認められるようで、人知れず大きな苦しみを担う人々がいることは忘れてはならない。

 そして、韓国の被爆者団体が、日本とアメリカに賠償を求める、との報道もあった。ご存知のように、核廃棄の北朝鮮の「不可逆的核廃棄」については、未だ、不透明である。

 最後になるが、このブログでは、日本も核装備を考える必要がある、との立場を取っていることはお断りしておきます。

 ではまた、ご機嫌よう、さようなら

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