「放送報道」の難(むず)かしさ(考察シリーズ)

「放送報道」の難(むず)かしさ(考察シリーズ)

 ある放送人が、自民党の宮沢政権から、熊本のお殿様の細川連立政権に移ったのは、「久米・田原」両氏の報道番組であると、痛く感激したそうである。ところが、その放送人は国会に呼び出され結局は謝ったそうだ。

 報道は中立でなければならないのに、「久米・田原」両氏のような「偏向キャスター」を、一見、持ち上げるのはけしからん、との理由からだ。不肖今唐の記憶だが、確かに、当時、二人はひどく偏向していたことには間違いない。また、推測だが、二人はなよなよした宮沢総理の印象が肌に合わなかったこともその一因に違いない。

 次は、郵政民営化の「小泉劇場」に移る。つまり、何を思ったのか民放メデイアは、反対する者はけしからん、とのキャンペーンを行い、そうでない候補者は全て落としてしまった。恐ろしいことでもある。

 今度は最新の安保法案に移る。民報メデイアによる安部叩きは酷く、一見、民報メデイアは自由な報道でも良く、NHKは公平を保つべきとの見方があるが、間違っており、民報メデイアも公平な報道をするよう放送法に定められているのである。

 さて、日本では昭和26年以来、「新聞社系列」で民報メデイアが誕生した経緯がある。ところで、新聞には「新聞法」はなく、「一般法制」での規制以外、何等の制約もない。だが、ここでまた誤解が生じ、「放送人」は放送法などくそ喰らえで、守っていたら「放送の活力」が生まれない、との独りよがりである。

 結論だが、民報メデイアは自らの「報道指針」にもあるように「節度と品位を保った」報道に努めてほしいものである。

 *この記事は、東京工業大学の芳賀名誉教授の11月30日の産経紙「正論」から書かせて頂きました。読者はもう一度先生の「正論」をご確認下さい。

 (終わります。御機嫌よう。さようなら)

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