年の瀬は何か寂しくもある(文学シリーズ、ショート)
色々あって、また、癌の手術や抗がん剤の影響もあって三年続けて年賀状を出していない。年の瀬になると欠礼の挨拶がくる。未だにくる。今年も来た。
思いがけなく亡くなった、若い友人の息子らしい、あるいは妻らしい、時には母親らしい人からの欠礼の挨拶を見ると、胸の中に、急に、若い友人との思い出が湧き出してきて悲しみに襲われる。
今年は、何も書いてない無地の年賀状を30枚だけ買った。出来たら欠礼した若い友人への思いを残された遺族に伝え、彼の霊を慰めようと思っている。
(終わります。ご機嫌よう。さようなら)
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