あゝとに熱く!天皇陛下の傘寿(80歳祝い)について(考察シリーズ)

天皇陛下の傘寿(80歳祝い)について(考察シリーズ)

 一昨日は癌の診療日で先生の診察時間は9時になっているのだが前日に血液検査を受けておけば、9時に血液検査の内容など診察内容を聞けるのだが、そうでない場合は、血液検査の結果が出る時間まで診察時間が遅くなるのです。

 これは、前段だが、実は天皇陛下の傘寿(80歳祝い)が放送メデイアなどで流されるので、「記名奉書、記帳」に言ってこようと昭和天皇のお亡くなりになったとき時来たはずだ、と記憶を辿って大阪府堺市まで行ってきました。堺市には仁徳天皇陵など沢山の御陵があり宮内庁の事務所もあるのである。

 ボランテアの説明人に聞くと、「ご記名奉書、記帳」はないと云うので残念であった。

 宮内庁よ 設けてもいいではないか。事務所が開いているあいだ机一つ置きその上に「記名帳」をおいて置くだけでよいではないか、ご検討を頂きたい。

 さて、記事の本題だが、天皇陛下は国民へのご挨拶には三つの要点があったと思います。一つは大東亜戦争の敗戦後の復興、二つは東北大震災も見事に復興を果たすであろう。三つには皇后陛下とのことを、確か、国と国民象徴の天皇のあり方をからめて皇后陛下との夫婦愛を開陳してくれました。

 以上は当日の会見をネットで探したのですが、見つかりませんが誤りがあるかも知れませんので予め断っておきます。

 また、陛下が自らを振り返れば、80歳の傘寿を機としてうえの一を、大東亜戦争からの復興を第一に挙げるであろうと思ったのである。

 そして、猛然と、よし、俺も80歳まで生きてやろうと、思い立ち記帳にいこうと思い立ったのである。我が愛車、スズキ作成、日産販売の赤のターボつきモコちゃんで診察に出かけたのである。

 癌で2回も手術受けたが、まだまだ体力には年齢相当の衰えがあるが自信はあるのである。

 上の一、については陛下は先の大戦と大東亜戦争を表現したが、「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」はこの言葉にも疑問を持つのである。大東亜戦争とは開戦時の内閣の決定事項であるそうだが、実は、文科省が何かの規則でこの言葉を使うなと決めているのである。

 陛下の真意はどの辺にあるか知らないが、占領下のアメリカ当時のことをまだまだこのブログで書いていきたいのである。とりあえずは文科省の何かの規則についてご確認を頂き、安倍内閣において削除して頂きたいのである。

 (この項あわり)

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