あゝとに熱く!山口、連続殺人、放火事件の基本的構造(文学、考察シリーズ)

 山口、連続殺人、放火事件の基本的構造(文学、考察シリーズ)

 S氏は相変わらずの生活ぶりだが、テレビから繰り返し流される内容を見ながら考えた。

 明治、大正、昭和とこのような事件はいつの時代にも発生してきた。 猟奇札事件とのくくり方もあながち間違っていないであろう。S氏は少年の頃、猟奇事件やそのような大量殺人事件ものの本を読みあさったこともあるのである。

 保見光成容疑者の人物増については、下のように断定したのである。

○ 若い頃の左官時代の色眼鏡や髪型などの写真も報道されたがその印象
○ 居宅に出されている「装飾・芸術品」、の印象
○ 窓への、「火をつけて煙を喜ぶ田舎者?」、自宅の倉庫で小火(ぼや)があったとの報道があったが、張り出し、
○ 殺された被害者(婦人)を対象とした嘘の監視カメラの設置、
○ 犬の糞の不始末を注意された時の言葉、「血を見たいのか?」との言葉
○ 被害者となった傷害事件などでは双方酒癖が悪かったとの報道
○ 農薬散布についての過剰な嫌悪の抗議

 など変わったところのある人物であることが推測できる。常識を外れたところのある、ある意味、軽、軽、軽度精神薄弱傾向のある芸術家タイプの人物であることが推察できる。

 読売新聞に2回も田舎に返って両親と生活するとの美談が報道され、有名人であり、また、自尊の自己評価があったかもしれないのだ。

 「村おこし」、についても集落からは無視されたそうであるが、2度ほど提起したとの報道があり、近くには同じような集落もあるようであるが、自身の不参加が原因かも知れないが、濃密な地域コミュニテーからの、はじき出し、村八分があり、孤立していたことが予想される、のだ。

 また、理想的に言えば、「孤立している」、と警察に相談したと報道されたが、警察相談の担当者が非常に優秀で献身的な活動を展開できる人物であれば、このような相談は返って加害者も平気で持ちかけることも良くあることだし、防止できることが可能であったかもしれない、とも考えた。

 だが、山口県警でも、例によって調べないのだが、政治家の安易な、「公約」、による人員削減や予算の削減があるであろうと予測できるので、求める方が方が無理であろう、とS氏は諦めたのである。

 従って、S氏の結論は、このような濃密な地域コミュニテーにあっては、一つ、ボタンを掛け間違えると発生してしまう昔から良くある事件であると諦めなければならない、と考え、時代が進み文化国家を自認する日本なのに、何か、虚しくなってなってしまったのである。

 (おわり)
 

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