あゝとに熱く!S氏の日常、日帰り旅行での出来事、(文学シリーズ、ショート)

 S氏の日常、日帰り旅行での出来事、(文学シリーズ、ショート)
 
テーマ;日本人の素晴らしさと平民の下らなさ。

<起章>

 S氏は身体障害者である。65歳の時に喉頭癌が見つかり喉頭の摘出手術を受け、喋れなくなったからだ。それで、喋れない喉摘者の組織であるH会にS氏は入っており、H会ではそれぞれ年に一回の日帰り旅行と一泊旅行を行い、しばらくS氏は参加していなかったが、今年は日帰り旅行に参加したのだ。

 遠ざかって居たのは、一、二年のことだが、新しい顔が、大分、参加していることを知った。数は少なくても新しく喉頭の摘出手術を受けている人々は、確実に、居るのである。奥さんと二人で参加している人もおり、また、指導員と言って先生役の奥さんに美人さんが居てビックリすることも有るのである。

<承章>
  
 日帰りはバスで行くのだが、今年の食事は、高速道路を降りた後しばらく走り、土産店の2階に上がったのだが、お粗末な食事であった。平べったい、幾つもの仕切りで区切られたプラスチックの弁当箱に、二、三切れの卵焼きだの漬物だの佃煮だのが載っていて、掻き揚げらしいてんぷらの片割れも入っていた。テーブルには醤油もない。冷めたお吸い物と安物の割り箸と平べったい弁当箱が並べられていたのである。

 バスを降りるとき、食堂では、と添乗員の案内があった。入って左のカウンターで、お酒を飲む人はビールを買って下さい。それで時間を見て遅れて食堂に上がっていくと、まだ数人が並んでいた。1本だけ頼んで500円を払いビールの中瓶を受け取り、テーブルについたが、並べられた弁当に手が付けられないのである。

 毒々しい沢庵や佃煮は食べる気がしないので二切れが載っている小さな卵焼きの一切れを食べたが、全く味が無い、見ると醤油もない。ビールの売り場まで行って年配の店員に醤油を持ってくるように注文した。S氏は次第に腹が立ってきた。

 見るとてんぷらの出汁(だし)も無い。S氏は、出汁も無い、と女に因縁をつけた。店員もしたたかだが、軽く塩を振っているので省略しております、と言い張るのである。割り箸でしげしげ見つめても塩のかけらは見つからなかった。どこに振ってあるのだ、と差し出すが、あくまでも軽く振っておりますので、と繰り返すばかりである。こっちは、怒鳴り上げようとすれば声が全く出なくなるのでS氏はここまでで諦めた。

 S氏は思った。馬鹿にしているのである。障害者団体でも我々は声が出ない障害者団体なのである。だが、店員さんには罪が無く可哀想になったので、S氏は拘っては居ないのだ、と示すため元気に手を上げてビールを2本店員さんに注文して、飲みたくも無かったがテーブルの周囲いの者達と飲んだのだ。

<転章>

 昼食が済むとすぐ高速道路には上がらず平場を走り、天平5年、734年に作られたという龍譚寺の見学であった。S氏は顔に似合わず古寺に参ることは好きなのである。故郷の山梨県から大阪に出てきた理由の一つである。大阪は京都、奈良とはお隣である何時でも名刹が見学できるではないか、との思いが当時はあったのだ。

 この頃のお寺の多くは渡来人の創建になるものが多い。詳しくは、案内の文章を覚えていないが、S氏は石庭が気に入ったのである。時間もないのにその場に座り込んで暫く眺めていた。仲間の多くが不思議に思ったであろう。車中で飲んだウイスキーやビールの酔いもあると思うが、S氏は、小さな庭のかもし出す雰囲気に引きずり込まれたのである。

<結章>

 バスへの集合時間が近付いたころ、S氏はやっと我に帰った。天平時代には未だ石庭はなかったのではなかろうか、と気づいたのである。S氏は何故だ、と思ったのだ。石庭などは無味無臭である、このような文化が解る民族は日本人だけだろう、と考えたのである。そして、この庭は後代のものなのであろう、とも考えた。
 
 そして、通常、異文化は金きら金(きんきらきん)か、真赤っ赤(まかっか)を大事にする。わび、さびは日本独自の文化である、とS氏は気付いたのである。つまり、この石庭は唐からから貰ったものではなく日本独自のものなのだと、気付いたのである。

 だが、反面、当時はこてこての貴族社会でもあったなと思いが至って、関係はないのだが、なんだか、昼飯の恨みのことなどは忘れて、気分も晴れて、S氏は肩の荷がすっと軽くなったような気分を味わったのである。

 (おわり)

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