肺ガンにもなってしまった(癌治療日記シリーズ(14))

肺ガンにもなってしまった(癌治療日記シリーズ(14))

本日、1月22日(火曜日)で手術から、12日目、入院から16日目である。早いものである。

もう、手術後の出来事が遠い記憶の闇の中にぼやっとしまい込まれたようなのだ。
隣人5号と6号は例の「ごろごろ台」を転がし、その台の下部には透明のプラスチックの四角い箱を装着して、自身の体液を泡立ているのだが、この箱を取り外す為には一定の手続きが必要で前の日記で書いた。

ところが、看護師さんのご両人への説明を聞いても自明のこととして納得できず、確かに、私もそうであった、と記憶の中に戻らねばならないのだ。

私も認知症の崖に、アメリカ大統領オバマではないが、どうやら到達しているようなのだ。

だが、未だ大丈夫ではある。それは、認知症になると、起こった出来事を拒否して受付ないそうなのだ。

巷の脳学者でもある不詳、今唐が記憶の仕組みについて概説する。

記憶は脳の新皮質の海馬で行われるが、確か、触手?、シナブス?の「絡みつき」によって形成されるのである。

間違っていたらごめんなさい。私は既に崖っぷちに達しているのですから。

考えてみると、当たり前で、入口で拒否するのだ、と説明していたのは、ドッカのTVに出ていた先生であった。

少し、誤解を招く表現方法である。記憶のメカニズムが壊れることが認知症なのであろう、と今、気づきました。

戻りますが、私の「主傷痕」を初めてみたとき、今までは、絆創膏が貼ってあったのだが、それは右脇腹の肋骨に添っていて、感想としては、案外に長いと思ったのだ。

先週の早々であったが、先生が絆創膏を剥がしながら、来週に退院を云々、と語ったので、

すなわち、私は、今週に退院予定であるが、絆創膏を剥がしてそれだけかと思っていたが、聞き逃したが、ホチキスの「歯様」のもので止めてあったのだ。

それを、今日、ちょと痛いですよ、言って取ってくれたのですが、痛みはたいしたことはなく、傷痕を見て、赤いな、と感想をもらしたので、退院が遅れるかも知れないのだ。

(つづく)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック