肺ガンにもなってしまった(肺ガン治療日記(10))

肺ガンにもなってしまった(肺ガン治療日記(10))

今日は16日(水曜日)で入院6日目となる。

朝、例の部長回診があって、お変わりありませんか、と質問されたが、丁度そのときは、朝食のトレイをベッドの上に持ち込み、大胡座(おおあぐら)で新聞を読みながら食べていたので、即答出来なかった。

食道発声の練達の士であれば、飯粒ならぬ、空気を飲み込んで、おかげさまで、問題などありません、とか、答えるのだが、不詳、今唐は未だ駄目なのだ。

部長は続けて、タフですな、とも問い掛けたが、これにも、空気は飲み込めず、2、3度うなづいて、左手を上下に振ってしまった。右手には箸を持っていたのだ。

私は、実はタフどころか、繊細なのである。たったの6日しか経っていないのに、2、3週間は経っている気分なのだ。

さて、今日の予定だが、部長より早く、K先生の回診があって、「吸引テスト」と「レントゲン検査」をして「なんとかを外す」予定なのである。

これを、不詳、今唐が説明するが、「吸引テスト」とは、恐らく、前の記事で一大考察した、隔膜麻酔の、唯一残っている管の役割だが、背中の痛み止めは、昨日先生が取り去ってくれたが、管は、肺周辺の体液を吸引する役目があったのである。

点滴の袋などを下げる「ごろごろ台」の下に透明の四角い箱があってその中には
血を薄めたような私の体液が溜まっていて、いつもブクブクと泡立っていたが、その吸引を止めてみる、とのことなのだ。

その後、看護師さんがやって来ると、チュウブをガ-ゼで保護して2本の止血ハサミ?で止めてある。

この体液はどうするのであろうか。捨ててしまってはもったいないような気がするが、遺伝子などは劣悪だが、何か研究に使えそうだが。

後は、読んで字のとおりである。

不詳、今唐の大事な、しかも、人類にとっても、最も重要な自由権の制約に繋がる、「がらがら台」が一日も早く撤廃されることを、不詳、今唐は切望しているのです。

(この項おわり)

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