ガザ砲撃、ユダヤとアラブの一神教同士の戦い(考察,解説シリーズ)

 ガザ砲撃、ユダヤとアラブの一神教同士の戦い(考察、解説シリーズ)

 イスラエルは勝手に入植地などを作りけしからん、と思っていたが、どうやら、そう単純なものではないようである。下にウイキペディアの抜粋を示しましたので、後でご覧下さい。

 今回の戦闘はユダヤとアラブの一神教的な伝統的対立の結果である、と定義出来るのではなかろうか。この戦闘の収束は別にして、将来も引き続き結論としてはやるところまでやらないと収まらないであろう。一神教的思考とは難儀なものなのである。

 日本は実に融通無碍である、ありがたいことだ。だが、このような国を相手にする外交では、戦争することは別にして、云うべきことは言わねばならないのである。そこを、今の外務省や政治家は判っていないのだ。

 そして、ある程度、防衛力も備えておかねばならないのだ。尖閣で言えば、自立性の高い、「レンジャー小隊・分隊」、これは中国国内に分散進入し内部撹乱する目的である。それと海軍力・海兵隊能力は是非とも必要である。

 「ミサイル分隊」も多数必要である。必要な南西列島の島に配置するためである。それと、必要十分な弾頭である。これは大東亜戦争の反省である。

 そして、「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」が感ずることは、「現在の戦争が著しく進化している」、ことだ。当たり前だ、ずっと前からの話だと軍事オタクに言われそうであるが。

 ハマスの首領の乗った車をピンポイントで1ッ発で仕留めるのである。自衛隊でも装備しているであろうが、これは無人機であろう。ちゃんと映像まで映しているではないか。

 それに、一時、北朝鮮ミサイルのとき騒がれた「対空防衛システム」も大したものである。数百発がガザから打ち込まれたのに、11月16日夕刊、産経紙によると3発しかテルアビブに届かず、実際に落ちたのは唯の1発ではないか。

 空から降ってくるミサイルを防ぎきれるはずはない、と「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」は馬鹿にしていたのであるが、実に、効果的なのである。

 外国のニュース番組に飛んでいる何筋もの「飛翔線」が次々に火花となる光景が写されていたが大したものである。馬鹿にしてはいけないと反省したのである。

 最後にもう一つ、「ガザ地区(パレスチナ自治区)」とは、下のウイキペディアが触れている第一次中東戦争での難民キャンプなのである、今日の産経紙が解説していてくれている。

<イスラエル建国など、ウイキペディア>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB#.E5.9C.9F.E5.9C.B0.E3.81.AE.E6.89.80.E6.9C.89.E6.A8.A9

○ ただ、これらの点について「ユダヤ人とアラブ人は長期間にわたって血で血を洗う抗争を繰り広げてきた。従って、譲歩はありえない」というような現在まかり通っている見解は、宗教や歴史・政治に無関心な者による大きな誤りの一つである。歴史的に見ても、イスラエルの地に住まうイスラム教徒・キリスト教徒とユダヤ人は共栄・共存を願ってきた。一言で単純に語ることができないほど長く複雑なバックボーン[要出典]を持つことは明白である。

○ 停戦後(アラブによるイスラエルを認めないとする戦争)、パレスチナには民族主義的ゲリラ(「抵抗組織」)が活動し、パレスチナ「解放」や「難民」の「帰還権」を訴えた。戦後50年以上経過しながら各地のアラブ社会に吸収されないパレスチナ難民は、初期の60万から80万人という人数から現在の総数に膨れ上がっている。そのため、パレスチナへの帰還はイスラエル政府からは非現実的と考えられている。

 (この項おわり)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック