あゝとに熱く!橋下市長にかかる問題など(1)(考察シリーズ)

 橋下市長にかかる問題など(1)(考察シリーズ)
 
 この問題について、書きたい、書きたいと思っていた。そしてどれかの記事で書くと表明していたかも知れない。だが、テーマが重たくて手に負えないとも思っていた。だが、橋下大阪市長がきっかけを作ってくれた。書ける範囲で書いておこう。

 とうとう、今日(10月20日)の時点では、週刊朝日と朝日新聞が謝って記事の連載を止める、次号で謝罪も表明する、と発表した。言いたい放題小僧の橋下大阪坂市長によれば、これはコメントで、公開の場で討議しないと謝罪ではないようであるが、左翼でシブトイ朝日グループは、おそらくそこまでは応じないであろう。

 また、市長は喧嘩上手だから、取材拒否は上手く収めるかもしれない。

 ところで、「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」が、若い頃、開放地区?へ上司の指示で謝りに行かされたことがあった。理不尽な謝罪であったが、当時は未だ、不肖、今唐は素直であるから指示どうり出向いたのである。こっちは悪くないのに、兎に角、収めて来い、との指示である。

 「幹部」が当人であったが、住所に行くとたちまち数人が集まって来て、つるし上げである。正座して、平身低頭で過ごしたのである。当時はそこまでではなかったが、なにしろ、柔道三段、剣道二段の不肖、今唐である、場合によっては、包囲網を突破して逃げ出せると判断していたので全然怖くはなかったが。

 足がしびれてしまったが、最後に、恩着せがましく「幹部」は許してくれたのである。腹も立っていたので、早かったが、勤め先には帰らず、上司に電話したところ喜んでくれたのである。その時の、彼のほっとした雰囲気を今でも思い出す。なにしろ、当時の彼等の戦術の一つには、抗議先に押しかけて糞尿を撒き散らすようなこともあったからである。

 それから、不肖、今唐も少しは年も取り、未だ若い方であったが世間の経験も積み、ズル賢くなっていた頃、2回ほど折衝の機会があったが、冒頭に、大して知らないのだが議員先生の名前を出すことによって、平身低頭することもなく上手く収まった。

 何しろ、議員先生は今でもそうであろうが、名刺を配るのが大きな仕事なのである。先生にはいつもお世話になっております、と常套句で仁義を切ったところで、個別に全てを覚えている筈がないではないか。

 そして、不肖、今唐は山梨県出身であるが、甲府盆地ではあったようだが、生まれ育った町では差別の差の字もなかったのである。その後、大阪に出てきて、今では大阪人と自負しているのだが、上に書いたとおり、この問題が日常生活に絡んでいる、ことを知ったのである。
 
 さて、本題に入ろう。先ず、週間文春も市長も、問題にした血脈であるが、下のとおりで、本来は宗教用語であるらしい。

① 血脈とは - コトバンク
kotobank.jp/word/血脈 - キャッシュ
世界大百科事典 第2版 血脈の用語解説 - 仏教用語。〈けつみゃく〉ともいう。教法が師から弟子に伝えられること(師資相承)を,身体の血管に血が流れるのにたとえて,その持続性と同一性をあらわすもの。

② 血脈相承 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/血脈相承 - キャッシュ
血脈相承(けちみゃく・そうじょう、そうしょう)は、仏教において、法が師から、弟子へと相続されることを、人体における血液の流れに譬えた語。 師から授けられるものは、本尊や教義・戒律、切紙などの奥義・秘伝の類、あるいは宝物など、要するに血脈相承 ...

 この言葉で云えば、市長が語っていたように「DNAの問題」でもよかろうと思う。遺伝にかかわってくる問題なのであろう。もし、悪しき遺伝が実証されているのであれば、素人の一般論として、「DNA」の希薄化、つまり、法で禁止されているような濃密化、危険性は、避けた方が良いのではあろう、とも考える。

 上のような問題がないのであれば、「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」は、「どうちゃことない」、とも考えるし、今では、自由に本籍は移せるし、「出自」などは解ろう筈がない。

 これも一般論であるが、また、学問的にはある程度、確定してもいるであろうが、人とは、「社会的生物」でもあり、また、当然、父母の、隔世遺伝と言う意味では祖父母の、遺伝も受け継ぐであろうし、育った環境からも大きく影響を受ける。

 週間文春側が云うように、当人の存在の本質に迫るためには、出自にせまることは必要な作業であろう、とも思う。

 それから、週刊文春での著者の一人の佐野真一さんはどこかで聞いたような人だと思っていたら、記事で最近も書いたが、例の、東電OL殺人事件の再審のときに、TVで、いささか短絡的であるが、「差別によってマイナリは犯人に仕立てられた」、「定期券がマイナリの通勤経路とはまったく別のところに捨てられていた」、ので冤罪だ、旨語った作家であったのだ。

 氏は、どうやら、石原東京都知事に関しても、同和地区云々、と調べたようなのである。何故、異常に同和・開放地区に関心を持つのであろう。一般論としては、今、書いたような意味では一つの手順ではあろうが、必要以上に拘っているようにも思う。

 良いように考えれば、「差別は絶対許せない人」、とも考えられるが、むしろ、市長も語るように、「一線を越えた場合には」、反って、その事を助長することにも気づかねばならないが、やはり、思考回路が短絡的でもあると云えるのではなかろうか。

 また、橋下(はしもと)を橋下(はしした)と表記したことについては、氏か取材グループか編集部か知らないが、明治の苗字(みようじ)創設?に伴い意図的な悪意を感ずるのである。

 さて、大阪でのこの問題での乱暴な流れでは、同和、開放地区には、開放?会館や住宅が作られ、手厚い予算の支援などもあり、就職についても、秘かに推薦枠などが設けられ、反って、「逆差別」などとの批判も出て、国や自治体の予算も減少、廃止?され、今では、不肖、今唐的な表現では、「どうちゃことない」、ように納まっている、が現在の理解なのである。

 最後だが、冒頭で書きたいと記(しる)したが、本当は政治とのからみについて、「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」の立ち場で書きたいのであって、この記事は(1)としました。

 <ご参考、ウイキペデイア>
○ 佐野 真一(さの しんいち、1957年12月 - )は、日本の広告制作会社ビービーメディア株式会社の代表取締役社長。
来歴・人物 [編集]
東京都出身。1980年、慶應義塾大学商学部卒業後、サントリー株式会社入社。5年間の営業を皮切りに、社内留学、営業企画、情報システム、秘書などを経験。1991年、父親が経営するTVCM制作会社、株式会社アートパブリシティに入社。1999年インタラクティブコンテンツの企画・制作を手掛けるインスト株式会社を設立し、社長に就任。2001年、TVCM部門とWEB部門を一体化したハイブリッドプロダクションを目指してビービーメディア株式会社に社名変更し、現在も多くのクライアントのブランディングコンテンツづくりのアドバイスを行っている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E9%87%8E%E7%9C%9F%E4%B8%80_(%E5%AE%9F%E6%A5%AD%E5%AE%B6)
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○ 東京都出身。家業は乾物屋。都立墨田川高校、早稲田大学第二文学部社会専修卒業。稲門シナリオ研究会に属し映画監督を目指す。 卒後、勁文社の編集者となる。1971年12月、当時の怪獣ブームの中で編集を担当した『原色怪獣怪人大百科』が大ヒットとなる。

○ 組合問題で同社を退社してからは、業界紙記者を経てフリーのノンフィクション作家となり、精力的に作品を発表している。1997年、「旅する巨人─宮本常一と渋沢敬三」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。2009年、「甘粕正彦 乱心の曠野」で第31回講談社ノンフィクション賞受賞。 開高健ノンフィクション賞選考委員(第一回(2003年)より)。 現在は千葉県流山市に在住。

○ 2012年10月、佐野眞一と週刊朝日取材班による連載「ハシシタ 救世主か衆愚の王か 橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す」に関して、橋下徹は「血脈主義、身分制に通じる極めて恐ろしい考え方だ」「ナチスの民族浄化主義につながるような非常に恐ろしい考え方だ」と批判、週刊朝日と、朝日新聞、朝日放送の取材には応じない事を表明した[1][2]。佐野たちは、この連載の趣旨を「政策論争をするつもりはない。橋下の敵を許さない人格を暴くために徹底的に両親や祖父母、先祖、親族の出自を暴いて、橋下のDNAを明らかにする」としている[3]。(橋下市長部落報道問題も参照のこと)
 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E9%87%8E%E7%9C%9E%E4%B8%80

 ~~富士山を世界文化遺産に~~

 (つづく)

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