あゝとに熱く!美女のお尻Ⅱ(2)(文学シリーズ)

 美女のお尻Ⅱ(2)(文学シリーズ)

<転章>

 私、時々、マンションの公園の滑り台を滑り降りる。意図して滑りに行くの、だってジーンズのパンツをはいていないと滑れないから。そして、誰も居ないことを確かめて、ブランコにも乗るの。「しっちゃかめっちゃか」になるまで、漕いでしまうわ。夫とのエッチとは違う浮遊感みたいなものを味わう。

 映画の中でもセックスシーンはあったけど、私、AV女優とはちがうのでその気になってしまうことはないの。だけど、滅茶苦茶な気分になってしまいそうな状態には、確かに、成るのだわ。だって、もともとは嫌いなことではないのだから、相手次第とも思うけれども。

 本は読んだことはないのだけれど未来君が教えてくれたわ。若い頃は、野放図な性生活を送った作家が出家して尼さんになったそうだけど、今でも、言っているそうなの、好きになったらどんどんやったら良いと、プラトニックラブなんて後に残ってしまうので、どんどん実行したら良いのだそうです。

 今、住んで居る住職のお寺の部屋だって貸してくれるそうなのです。

 未来君は教えてくれたわ、彼女は、元々左翼だからこんな考えはマルクスの唯物論だって。私、彼は、多分、お尻フェチだと私思っているので、触るぐらいならいつでも触らせてあげるけど、彼は遠慮しているの。エレベーターに一緒に乗る時など雰囲気で解るけど、どうぞ、と言って上げるわけにもいかないわ。

 そして、こんな話になるのは、私が今度出演した映画の関係なの。

 映画は漫画家の先生の原作なの。漫画家の先生って凄いと思う、何でも一人でやってしまうでしょう。映画監督は自分で物語を作ることもあるけど、殆どは、私の今度の映画のように物語の骨格は出来ているから、映画監督も偉いことは、偉いけど、どっちかと言うと漫画家の先生の方が偉いと思うの。

 <結章>

 何故、私が未来君に心療内科につれていかれたかと言うと、だって、映画が題名のように「ひちゃかめちゃっか」なのだから止むを得ないと思うの。私はダブルで姿形(すがたかたち)はどこだって整形する必要もないのに、私の演じた主人公は全て整形でそれを手に入れた女性なの。

 だから、今、まともになったのだけれど、役を一生懸命やれば、自分がおかしくなってしまうのは当たり前でしょう。未来君は私が薬をやめると言うと、そう説明してくれたの。

 私のような人間は映画に出るのは良し悪しだわ。次からは、映画が終わったら、この経験を良く覚えておいて、本来の自分に素早く戻るように気をつけるわ。

 だけど、自分自身だけでは難しい、と思う。人間は誰しも、「ひっちゃかめっちゃか」には生きてはいないのに、本当のロックやバンクのように生きてはいないのだ、と思う。

 誰でも仮面を被って生きているのだと思う。きっとそうなのだろうと思う。その上、別の人間に成りきってしまえば、三人の人物のどれが自分だろうと迷ってしまうのは当たり前だわ。

 だけど、自分で戻ることが駄目でも、未来君もいるから大丈夫だわ。きっと。

 (おわり)
 

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