あゝとに熱く!S氏の大型連休について(文学、考察シリーズ)

 S氏の大型連休について(文学、考察シリーズ)

起章
 S氏は60歳まで勤めて第二の職場では65歳まで働き、運よく、65歳のときに喉頭がんが見つかり、手術の後、約6年経って、今では実にふしだらな生活を送っている。

 実は、働かなくなってから6年経った、最近、何も大型連休だからと言って、ことさらどこかに出かけなくも良いのだ、ということにやっと気が付いたのだ。それで、今年の大型連休は二日だけ家の外に出たが、後は、終日、家にこもってごろごろしていたのである。

承章
 会社が休みのある日曜日、友人と遊びに出て、その頃、S氏は工業高校を出て18歳から働いて、2、3年経ったころだったが、男女の二人連れに何かのことで友人が注意すると、狐のような顔をした女の方が突っかかってきて、貴方がたは、高校出でしょう、私達は二人とも大学を出ているのよ、と云われたことがあった。

 S氏があっけに取られていると、友人はすかさず、お前らは学問はあるかも知れないが教養はない、と切り替えしてあっぱれとも思ったのだが、連れの男の方のすまなそうな顔が今でも印象に残っている。今では、多くの若者が大学に進んでいるのでそのような話は無いと思っていたが、S氏の細君の話では、近所で、すぐ、そのようなことを言う奥様が居るそうである。

 その話が出たとき、すかさず、S氏はえらそうに友人の切り返しを伝授したのであるが、実際のその時は、ああそうか、大人の世界ではこのような考え方も存在しているのだ、と世間というものの知識を確かに一つ増やしたのである。

転章
 また、大型連休とはいえ、それをまるまる享受出来るのは、職種などにもよるのであろうが、今は、格差が厳しくなったと云われているし、ある意味、富裕層だけなのではないのだろうか、との懸念が、S氏の念頭を過ぎったのである。

 さて、と最後の日曜日の夜、S氏は考えたのである。いつものようにすることも無い怠惰な日常が明日から始まるな、と考えたのである。そうである、S氏にとっては大型連休とは言っても、この怠惰な日常そのものであると気が付いた筈なのに、少しも進歩の跡が無いのである。

 そして、大型連休などと云うが、日本の人々がそのように長い期間、田舎に帰ったり、遊びに出かけられるようになったのは、そうそう古いことではなく、S氏が無我夢中に働いていた頃は、時にはゆっくり休みたいなと思うことも、しばしばあったのである。

 当時、フランスではバカンスという期間があって国民のほとんどが遊びに出かける、とのことも知っていて、どのような国なのだろう、どのような仕組みなのだろうか、と考えたことも、S氏はあったのである。

結章
 大型連休とは、文化の証なのであろう、とS氏は考えた。今の日本では、この大型連休と暮れと正月、それに盆とあわせた夏休みに長い休暇を取れるが、ありがたいことである。少しは、日本の文化も進歩を続けているのである。

 その後で、S氏は、何の関係も無いのに中国のことを考えて彼等の旧正月とやらの休暇での帰省は凄まじいな、と考えて、日本はうかうかしているとこの巨大な隣国に飲み込まれてしまう、と恐怖の念にも襲われたのだ。だが、自分の年齢に思いが至って、その頃にはこの怠惰な日常からはおさらばしているな、となんとも無責任に安心したのである。

 (おわり)

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