酒蔵(さがぐら)のお嬢さん(5)(文学シリーズ ショート(30))

酒蔵(さがぐら)のお嬢さん(5)(文学シリーズ ショート(30))

<下は前記(4)>

<転章>

 そして、私どもは避難場所には入らず、佐藤の家に厄介になったのです。避難生活の翌日にお兄ちゃんは、唯の一言、行くよ、と言って東京の下宿先に戻っていきました。本当に主人に似て呑気なところがある息子なのです。佐藤はこの近くの在の旧家ですし、私どもが酒屋を始めたときからの付き合いで、幸い電気は復旧しておりましたので、何不自由の無い生活でありました。 

 主人は、何をするでも無く、ただ、相変わらず鎌倉時代から続いてきた、主人が言う酒のことで、息子を殺してしまった、と嘆くばかりなのです。

 娘は持ち出してきたパソコンに、一日中、向かっておりました。それに、一日のうち一度は主人と私を連れ出て散歩することも日課になっておりました。時には黄色と黒の虎模様の立ち入り禁止の柵の前まで行くこともありました。そこには警察の方などが立っており内側に行こうする人々をチェックしているのでした。

 あるとき、娘が警察の方に中に入る方法を尋ねており、聞いてみると、麹と私どもが「もと」とも言っておりますが酵母とを取りに戻るとのことでした。そのとき私は娘がパソコンに向かっていた理由を知りました。彼女はお酒、主人の言う息子を作ろうとしているのでした。

 その日、娘は帰りながら主人に聞こえるように大きな声で、山形の古くからの酒蔵が私どもの酒を作ってやる、と云ってくれた、と語ったのです。 主人は、そうか、と言い、その日からは、息子が死んでしまった、とは言わなくなりました。 

 (つづく)

 私が、何度か会っている県の部長さんは、それは生き物ですか、と聞きました、いえ、と私は答え、麹と出芽酵母です、と思わず言ってしまいました。何しろ県の偉い方に電話でお願いするなどと言うことは初めてのことで、緊張していたのでしょう。出芽酵母とは昔に大学で習った言葉です。この問答を、二、三回繰り返し、私もはっと気がつきまして、はい、生き物です、と言ったのです。

 県の山田部長とは、私の嫁ぎ先が旧家の酒蔵で、酒造関係の、知事も出席する恒例の新年互礼会で、たまたまご一緒させていただき不思議なことにその事が続き、そのような席では心おきなくお喋りする関係になっておりました。彼は、娘の行く日をもう一度確認すると、担当に伝えておきます、と言ってくれました。

 実は、娘が行き先も告げずどこかに出かけ、なにやら落胆したようにして帰ってきた日があったのです。息子に似て呑気なところがある私ですが、その時は、ピンと来たのです。「もと」や出芽酵母などを壊滅した屋敷に取りに行くことだな、とピンと来たのです。

 娘は、元気な様子を装い、もう一度、出直すことになっている、と早速どこかに電話をしたのでした。

 その後、私は山田部長に思い切って、娘には内緒で依頼の電話をしたのでした。それで、苦手なのですがそれとなく娘に、出直すときは県の山田部長の名前と立ち入る理由は、生き物のことです、と言うように伝えたのです。娘は怪訝な顔をしておりましたが、うなずいておりました。

 さて、娘は、その後、行ってまいります、と元気に再び出かけて、帰って来ると、心配することは無いからね、いつもの呑気な雰囲気に戻ったのでした。佐藤も様子は承知しているようで、娘の説明を聞いて大きくうなずいておりました。

 つまり、放射能などは世間で騒ぐほどのこともないようなのです。そして、娘は相変わらずパソコンに向かい、夫と三人での日課の散歩を楽しんでおりました。

 (つづく)

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