あゝとに熱く!沖縄の左翼よ、評価書持込はどちらが姑息な手段だ(考察シリーズ)

 沖縄の左翼よ、評価書持込はどちらが姑息な手段だ(考察シリーズ)

 共産党員をどうやら隠していたらしい名護市長が、防衛省の環境影響評価書の「早朝の守衛室への持込」について「姑息な手段だ」とコメントしていた。「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」の独断だが、市長は隠れ共産党員であったのだろう。

 その根拠は、いくら沖縄でも「名護市の教育長」に共産党員を任命しないであろうからだ。そして、未だ、そこ、ここに残っている可能性もある。こっちの方の根拠は、沖縄の教科書の採択問題での教育委員会の理不尽な、不法な判断からだ。

 そして、不肖、今唐は、姑息な方は届けられた評価書を何の根拠も無く、「市民面」して阻止した左翼党員や職業的なその関連団体であろう。県庁に届けられた「郵便物」を阻止することには何の根拠もないのだ。そも、そも、このことが発端であろう。

 県庁に届けられる郵便物(配達物)を暴力とも云って良い実力で阻止することが許されるだろうか。許される筈がないのだ。

 仲井真知事は「妙な届け方だ」旨のコメントである。知事らしいコメントだ。「お主やるな」である。そもそも、発端の阻止による騒ぎが起きたときに警察を呼んで通路を開けさせるのは知事の仕事であろう。正々堂々と出直すことは、もっと騒ぎを大きくする可能性がある。つまり、奴らは全国的な動員をかけるだろうからだ。

 県の方も、つまり、知事の方も建前や本音はどうでもいいとして、困ってしまうであろう。ある意味、評価書の持込が許可そのものに変質する可能性があり、左翼勢力による、かっての「基地闘争」にまでも発展することも予想されるからだ。

 宅送した事の是非はともあれ、阻止側の方も組織的、計画的である。敵ながらなかなかやるのである。つまり、早朝時の持込のときも一人の見張りがいたというではないか。

 帝国陸軍の得意の戦法であった「奇襲作戦」も時代が移り、平成の世になっても、その体質は変わらず、騒ぎになったことからも失敗であったと云わざるを得ないのである。

 沖縄の「普通の人々」よ、もっと声を上げるべきではなかろうか。ちょこっと埋め立てるだけで大幅な基地の負担軽減に繋がるのである。実は、大阪の関空の時も環境汚染だ、魚が減る、と反対があったのである。ところが、少し我慢すると、以前に増す漁礁になっているのである。

 万物の母たる海の力は絶大なのである。

 (この項おわり)

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