ああとにあつく!白鵬の立派な発言について(2)(考察シリーズ)

 白鵬の立派な発言について(2)(考察シリーズ)

 今朝(2月10日)の産経紙に載っていたが、白鵬が一連の八百長問題の件で「見たり聞いたりしたことはないか」旨聞かれ「ないと言うほか云えないじゃないですか」旨答え、その前には「力士代表として心からお詫びしたい」旨答えた、と伝えた。

 「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」は、さすが立派であると考えていた。

 この横頭はいつも完璧な応対をするが、親方は誰であろうか、もっとも、趣味はチェスと読書、それにゴルフだそうであるから、親方からの指導がなくても自ら応対できるのかも知れない。

 と思っていたところ、偉大な噺家故林家三平師匠の愛嬢泰葉さんのキャッチコピーをもじったが「金髪でない馬鹿な豚野郎のメデイア」のテレビで、あるキャスターが、「この発言は八百長をやったとも取れるので問題である」旨の発言をしたのである。正に「口先人間」としての典型的な発言である。

 「口先人間」とは、不肖、今唐の造語で、特に放送業界に多いが、脳の言語野が異常に発達しており、物事の本質に関係なく、単に言葉だけが次々と出てくる人間のことなのである。

 いつもお詫びするが、キャスターやコメンテーターの発言には余り関心がなく、失礼だが心の奥では軽蔑しているので顔を見れば判るのだが、余程「高名」な方でないと直ぐ名前が出て来ないし、名前を調べるのも面倒なので、いつもすみません、具体的な名前はお許し下さい。

 それに、彼等、彼女らは、番組の打ち合わせなどは様々だろうが、殆どの番組は、番組のテーマぐらいを事前に渡すぐらいのものであろうと考えているのだが、「この件については良く判りません」との返答は100に1位もない程度なのです。

 「きやつら」は聖徳太子を気取っているのである。実に許しがたいのである。それに、寅さんの云う「労働者階級」に対する影響は絶大なのである。不肖、今唐加太朗は、いつもそのことを憂慮し、ブログでもっともっと書いておかなければならないと考えているのです。

 さて、本題ですが、力士は何故ちょんまげを結っているのでしょうか、お正月に神社に土俵入りなどを奉納するのでしょうか、行事は仰々しい装束で軍配などを持っているのでしょうか。それは、相撲はスポーツ的な要素と共に伝統と文化を背負っているからではないでしょうか。

 国民の皆さんキャスターやコメンテーターの言うことは、一応は疑ってみて、その後で、自分で考えるようにしましょう。

 それに、日本人の良いところと聞かれれば、他人に対するやさしさ、心配り・気配り、などの徳目が上がってくるとは思うのだが。日教組などの影響で上がってこないかも知れない。これは余談。

 兎も角、今回の八百長のように金の受け渡しがあったとしても、法律で引っ掛けるのは「業務妨害」ぐらいで難しいと思うし、八百長は、止めさせなければいけないのが前提だが、時には、単なる情実のみで「負けてやってもいいではないか」、あるいは、「そのような取り組みはあるのかもしれない」、と見越して横綱は返答しているのである。

 立派ではないか、その辺にごろごろ居て、物事の本質から外れた表層的なことを思いつきでぺらぺら語るキャスターやコメンテーターより、立派であると、不肖、今唐はますます感服したのです。

 (この項おわり)

 

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