ああとにあつく!枝野官房長官の初記者会見について(考察、補足シリーズ)

 枝野官房長官の初記者会見について(考察、補足シリーズ)

 一昨日(1月13日)は枝野さんは官房長官は務まらないだろうと、このブログで、悪口の記事を書いたのだ。
   <ご参考>
   平成23年(皇紀2671年)の日本について思うこと(4)(考察、提言シリーズ)
   << 作成日時 : 2011/01/13 23:09 >>
    http://39383054.at.webry.info/201101/article_12.html

 そして、昨日(1月14日)のブログの記事では、びっくりするような良い事も言ったので、枝野官房長官を見直して、今後、見ていく、つまり期待すると書いた。
   管内閣二次改造の所感について(考察シリーズ) 作成日時 : 2011/01/14 16:55
     http://39383054.at.webry.info/201101/article_13.html

 ところが、今日(12月15日)の未明に、恒例の各大臣の記者会見の全てが、NHKで報道され、枝野さんの会見を見たので、昨日の記事について、少し、補足したい。

 補足することの一つ、記者会見で、枝野さんは最初に出てきて、延々と時間を使ったのである。唯我独尊である。司会の政務官もあらかじめ打ち合わせなり、お願いをすべきだが、後からつづく各大臣の事は全く念頭にないのである。

 会見の様子を見ていると記者たちが、大臣の会見の都度ぞろぞろ入れ替わるので総理府での会見の後、各省庁で、居残っている役人の出迎えを受け、大臣室に納まり、ひょっとするともう一度、オフレコぐらいで会見をやるのであろうと思う。

 ところが、そのようなことに全く配意がないのである。

 補足の二つ、説明事項として、私のことを「先生」と呼ぶなと語ったのだが、その理由は「先生、先生」と呼ばれれば付け上がってしまう、のだそうだ。彼について、別のブログでの記事で、「短絡的愚鈍傾向」と書いたが、正に、それが出た、と「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」は考えたのだ。

 どういう意味かと言うと、寅さんの言う「労働者階級」が、議員を「先生」と呼ぶ理由は、何も、敬って呼んでいるのではなく、単に呼びやすいからそう云っているだけの話である。それに、先生、先生と呼ばれて増長する「先生」とはどんな人格を備えた「先生」なのであろうか。

 馬鹿な話だ。よっぽどそんなことを語りたいのであれば、「身内」と云える内閣府の官房の記者に言えば良いのである。

 結論として、敷衍すれば、物事に対する認識が「甘い」のである。思考がそのことの「根源的な本質にまで至っていない」のである。不肖、今唐がいう「口先人間」の特徴である。一見、語っている言葉は、受け入れやすいのだが、後からよくよく考えてみると大した事は語っていないのである。皮相的で、真実を語っていないのである。

 「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」であるが、巷の心理学者であると自負しているので、辛口の補足を致しました。

 ともあれ、枝野官房長官殿頑張って下さい。

 (この項終わり)

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