ああとにあつく!ぷかぷか(10)(文学シリーズ短編その4) 終章(3)

 ぷかぷか(10)(文学シリーズ短編その4) 終章(3)

 お兄ちゃんがN展に入選したのだった。国立美大の先生がN展の理事だという事を聞いたことはあった。また、最近の彼の様子が少し変であった。視線が宙に飛んでいることもあった。

 テンペラ油の匂いがして頭の毛が逆立っている事が多かった。私は、集中して油絵を描いているなと感じていたのだった。

 お局と上野の美術館まで見に行ったのだが、ところが、やはりあん娘がモデルであった。お局は平然としていた。女は、強いし、冷淡だし、即物的なのだ。そ知らぬ顔で平然としているのだった。

 お兄ちゃんが入選した後のお局の様子もおかしくなった、彼女の中で事業への発想が芽生え、才能がある者への彼女の好意ともいえる嗜好の気分が沸き立っているのだった。

 私は、お兄ちゃんにそっぽを向きながら、平然を装い、云った。

 「絵を描きたいのなら、お局に相談して、代わりの人間を探しておけ」
 言い渡した後、あの娘の煙草などへの依存についてもそれとなく話をした。そして、このことは、大人の若者に対するある種の優しさなのだ。彼もいい年だ、結婚をするならしても良い。ただ、あん娘がそれを望むかどうか、知りはしなかった。単なるモデル役を務めただけであるかも知れないのだ。

 それに、不意に、突然に、私もお局が許してくれたら結婚してもいいと考えたのだった。しかし、あんまり、生活は変わらないだろうし、何故なの、意味があるの、と聞かれたら、困ってしまう、との思いはあったのだ。

 結婚とは、時には、身体の奥底から突き上げてくる巨大で、じめじめしていて、どうしても果たしたい欲求が求めるもので、果たした後は、何故かむなしいその情欲の捌け口であるかも知れないのだが、そのような時期が過ぎ去り、後は、男と女の傷の舐めあいで、それが心底、幸せに感じ、越える事が難しい男と女の情念の満足感を満たすものなのだ。

 お局との結婚の意味は、そのようなものなのだ、いわば、腐れ縁だ、と問い返された場合の返答までを用意していたのだった。

 「いいわ、そうね」それだけが、お局の返答であった。

 その頃、あの大男の優しそうな唄歌いが、どうしているのか知る由もなかった。叔母ちゃんがお局に云った言葉を、何かの機会にお局から聴いた記憶がかすかに残っているのだった。

 「奥さんがなくなった後、欝状態で、さみしいと言っている」
 
だが、この言葉は、私にとっては、当時の日常の中での、あの大男に関するたんなる記憶の一つであるに過ぎなかったのだ。

 <ご参考 (大分期間が開いたので)>

 ぷかぷか(9)(文学シリーズ短編その4) 終章(2)  
    http://39383054.at.webry.info/201009/article_16.html

 (つづく)

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