ああとにあつく!ぷかぷか(9)(文学シリーズ短編その4) 終章(2)

 ぷかぷか(9)(文学シリーズ短編その4) 終章(2)

 「一緒に死ななくていいよ、ありがとう」、と今際のとき、奥さんは、あの大男に云ったそうだ。理由はよくわからないのだが、おそらく、優しそうな大男への想いと併せてか、その言葉を知って暫くしてから涙が出た。お局も一緒に泣いてくれた。勿論、奥さんのことなどは二人は知らなかった。

 そんなことがあった後なのだが、大阪も揺れた。確かに、揺れた。1995年1月17日の淡路神戸大震災のことだ。私は山梨県出身で地震には慣れている。逃げ出す事の程もなかった。目覚めて本棚などのいつもと変わらぬ周囲を確認して、もう一度寝入った。

 起きてからびっくりした。神戸は酷くやられていて、大火事にもなっているようだなのだった。高架の高速道路が横倒しになっていることにも吃驚した。事務所でも、気にかけていた棚が一つ倒れて、窓の外の外壁に亀裂が斜めに走っていた。螺旋階段には被害はなかった。

 「歌ってる」その地震から暫くしてとお兄ちゃんが教えてくれたのだ。

 大男の唄歌いが地震のことを歌っていた。奥さんの今際の言葉も、確か、お兄ちゃんから聞いたのだった。私は象似の大男の唄歌いとも、あの娘(こ)とも、疎遠になっていたのだが、どうやら、お兄ちゃんは、あん娘と付き合いがあったようなのだ。そして、お兄ちゃんが大男の震災の唄をテープに取って聞かせてくれたのだった。

 「やっぱり、優しい男なのだ」と私は再び確認した。

 「良い人ね、良い歌だね、あの娘(むすめ)が神戸をふらついていたのかもしれない」
 とお局も云い、お兄ちゃんに同意を求めるのだった。叔母ちゃんも分けあり気に頷くのだった。

 時々、行なうブランデーでの社内検討会での事であった。酔いもあって、再び、お局と私と叔母ちゃんまでが涙を流した。お兄ちゃんはそ知らぬ顔であったが、お局の問いにポツリと答えた。

 「唄の中の、O(おう)って誰なの?」
 「唄歌いの仲間」
 
 「即興なの、こんな長く、哀しく、優しい、鎮魂の歌が?」
 「分りません」
 「あの娘(こ)は神戸にでも来ていたの?」
 と再び聞き、お兄ちゃんは相変わらず無言であった。

 お局と叔母ちゃんは顔を見合わせ、私は、コップに残っていたブランデーを一息に飲み干した。得も云われぬブランデーの旨さを味わうつもりはなかった。煙草などのあん娘の依存原因はいじめだろうか、あるいは母の愛なのだろうかと一人で考えた。

 酔い始めた頭の隅で考え、こんなことは、あの娘(むすめ)には未だ云ってなかった筈だ。そして、もう、私には関係のないことだとも考えた。

 (つづく)

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