ああとにあつく!白鵬の涙について(考察シリーズ)

 白鵬の涙について(考察シリーズ)

 今回の相撲界の事件について、記事を書いた。そして、今場所は、村上理事長代理の下、白鵬の優勝と連勝記録とによって幕が閉じられた。

 書いた記事では、相撲は歴史と伝統がある日本の文化であるが見世物である。お相撲さんは、普通の会社員とは違う芸者衆と同様の「玄人」だ。お国もやっている博打ぐらいで大騒ぎをするな。

 また、白鵬の事件に対する発言を称えた、また、暴力団と関連する企業にも色々種類がある筈だから、表見的事象だけで直ぐ断罪をするな、とみのもんた氏に、確か、6回目の警告を与えた。

 最近では海外ニュースでお世話になっているが、NHKにも偉そうに相撲協会を断罪するな、自身の組織の事も考えろ、反省せよ、と書いた。

 この見解は、今でもそう考えており変わっていない。

 だが、書いておかねばならない。そして、これから書くことは、学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗の独断であるが、また、気付いただけの取り組みであるが、連勝記録の中で日馬富と杷瑠都は八百長くさいと思うのである。

 根拠は、地方巡業での勝負の形と同じだと思ったことからである。日馬富は、いつもであればもっと粘りそうだが、と感じ、杷瑠都は地方巡業の負け方そのものだ、と思ったのである。

 見世物であるからそれで良いと思うが、やるのであるならばもっと上手くやれ、と言いたいのだ。特に負けた相手には、そういいたいのである。

 白鵬にとっては力士たちのトップとして、全身全霊をかけた場所であった筈だ。土俵を勤めた力士たちもそれぞれの立場で頑張った筈である。そして、想いもあった筈だ。白鵬は、旗だけの顕彰を受けた土俵から支度部屋に帰った後も涙を流していたそうではないか、一度、書いたが、モンゴルの青年が日本の伝統の相撲の大横綱に育ったのである。

 不肖、今唐がこの記事を書いた理由であるが、日本の伝統には、文化には、一神教の外国人には理解出来ない「阿吽(あうん)の呼吸」という素晴らしいもの、考え方、がある、と言うことだ。相撲は奥が深いということだ。

 (この項終わり)

 

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