ああとにあつく!ぷかぷか(7)(文学シリーズ短編その4) 第3章 東京の吉祥寺でのこと(2)

 ぷかぷか(7)(文学シリーズ短編その4) 第3章 東京の吉祥寺でのこと(2)

 あん娘(こ)には何か欠けているものがあるのだ。すなわち、売れるとは、普遍的に人の心を捉えるものを持っているのかどうかなのだ。つまり、ポピュラリテイーを持っているのかどうかなのだ。選ばれた人々を納得さることも必要だが、併せて大衆を如何に掴かむかなのだ。全て、この世を動かすのは大衆なのだ。

 だが、大衆は愚鈍だ。

 唄が、上手すぎても駄目、繊細過ぎても駄目、音楽的に出来すぎても駄目、そんなところなのだ。そして、あん娘の大粒の涙の意味が私も解かったのだ。そして、その時、突然、ふいに、永遠に、抱きしめていたい愛おしい感情に襲われたのだった。

 その夜は、アフリカの大草原で、雄ライオンが猛々しく雌ライオンと交尾するような愛は御免だと思ったのだ。人間は、男と女は、時には、お互いをいたわりあい、いつの間にか抜け落ちているものを充足するような、そんな静かな愛で、お互いを確かめ合うことも必要なのだ。そして、あん娘にとってはそのような愛が常に必要なのかも知れない。

 朝、目覚めると、再び、あの娘は居なかった。ホテルのメモ帳に走り書きで、ありがとう、頑張ってみるわ、とあった。私は、それを千切ると大切にカッターの胸のポケットにしまった。

 新幹線が出来て本当に便利になった。飛び去ったように過ぎてしまった富士山を眺め、このように早朝東京を立ち大阪でその日に仕事をすることも可能になったのだ、と思った記憶がある。

 事務手所でお局に出張費の残りと、以前のものも含め東京での領収書を渡した。どうだった、お局が聞いた。

 「フラワーショップの生け花教室は喜んでいた。よろしく、とのことだった」この仕事はお局が弟子を連れて陣頭指揮を取ったのだ。いけばなの店は直ぐ開かず、生け花展を行い、生け花の本家にも掛け合い、店の奥のコーナーで「ミニ教室」を開催する手筈まで整えたのだった。

 「是非、東京に出てきてほしいとの事だった」と伝えた。その後、生け花店は上手く行き、お遊びのつもりであったお嬢さんは師範の免許も取り、「ミニ教室」も健在である。お局も年に一度はこの店を訪問している。このような出展はわが社の仕事のモデルケースの一つになっている。

 「これを預かったわ」とお局は3万円を差し出した。「急に唄歌いに知り合いが増えたのね」とも云った。どう答えて良いか戸惑っていると、
 「像のように大きな人で、案外有名な人のようよ、お兄ちゃんは知っている、といっていたわ」お局は、時には、幼稚園の生徒のような形容詞を使うのだ。

 「サインでもねだったのか」と聞くと、「お兄ちゃんがするもんですか」と、お局は仕事に出ている不在のお兄ちゃんの机の方を眺めながら云った。大学生のフォークがはやっていたが、美術とのコラボレーションは未だ聞いたことはなかった。

 戸惑ったが、3万円は財布の中にしまった。そういえば、昨夜は3万円を請求されなかったな、とも考えていたのだった。

 その夜、お局とはいつものホテルで食事を取り、ピアノの弾き語りを聞いた。あん娘よりもっと悲しげな「スイング」であった。そして、下手な歌だと思った。その後、お局のマンションで、昨夜と同様に静かではあったが、久しぶりの大人の愛を交わしたのだった。

 (つづく)

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