ああとにあつく!ぷかぷか(1)(文学シリーズ短編その4)

ぷかぷか(1)(文学シリーズ短編その4)

 序章 あの娘(むすめ)のこと(1)

 クライアントを接待して、機嫌よく酔っていたときの夜であった。クライアントの知ったクラブからの帰りで、チケットと共に彼をタクシーに押し込んだ後、ホテル街に迷い込んだ。そして、しゃがみ込んで煙草をすっているあの娘に出合ったのだ。

  ブーツを穿いた二つの脚の奥に陰毛らしい黒が見えた。

 「どうしたの」と聞いた。本当に不思議だったのだ。確か、ここには4、5軒のラブホテルがあった筈だ。だが、影になっているビルの横の路地を抜ければ御影石の立派な歩道に出て国道だ。たまに、通り抜けることはあった。

 ラブホテルの玄関先の黒く防腐剤の染み込んだ杉板で囲われてた何本かの糸杉の横で、殺風景なビルの裏のコンクリート際の街灯の明かりの中で、しゃがみこんで煙草を吸う娘など、あまり見たことがないのだ。
 
 「今日さ、あぶれて泊まるところがないの」立ち上がり、器用に煙草の火だけを落とすと残った吸殻はテイッシュに包んで素早くショルダーの中に放り込んだ。

 マホガニーのぺベルレザーのバッグを、娘は肩にかけた。そうか、と思い、
 「じゃあ、いいの」と聞くと「いいわ」と娘は簡単に答え、「3万円は頂戴ね」と聞いた。

 「いいよ」と答え、「いつもここに居るの」
 「酔っ払って、どうしようもないときだけよ」と娘は答え、娼婦でない事についても説明した。どうしょうもないときだけよ、の言葉の調子の中に、単に生活の糧だけでない、なにか哲学的なものを感じて、私は納得した。

 私もインテリアコーデネータの端くれだ。いっぱしは芸術を知っている積もりだし、少しは人間も知っている。人間という生き物には理解がある方だ、と思っている。

 ホテルに入ると靴は脱がなければならないが、部屋の写真のパネルがあるのだ。

 「今夜のアバンチュールはどの部屋がいいかしら」と言ったが、私の意向などにには無関心で、もっぱら自分の好みの部屋を真剣に選んでいるのだった。浮気になるのか、と思い、私は独身なのだ、とも考えた。

 江戸時代の瓦版のずっしりした絵図にあった不義密通でさらされた男女の絵を思い出し、酔いもあって、どうやら彼女と一緒なら満足だし、どうでも良いとも感じ始めていたのである。

 「これにしましょう」と娘が指し示したパネルには、100インチのプロジェクターや5.1chサラウンド、お風呂はジェットフロアバス、浴室TV・ソープマットもあり、さらに、オイルクレンジングなど、女性に優しいアメニティが取り揃えてあるのだ。

 そして、部屋には最高級マッサージ機などもある。だが、部屋は地味で鏡張りのでギンギンした雰囲気ではない。

 暫く、無言で読み取る間、彼女は私の右腕にぶら下がり、さあさあ、と下から私の顔を覗き込んでいた。甘いアルコールの匂いが漂い、私は、もう充実し、満ちたりていく気分に襲われ始めていた。

 受付で、無言のまま、大きなルームナンバーのストラップが付いたキーを受け取り、エレベーターに乗った。二人はエレベーターが上昇を続ける間の、極、短い時間なのだが、口付けを交わした。扉が開くと、暫くして口づけを止めたが、長く、長く、思える口付けだった。

 (つづく)

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