ああとにあつく! 足利事件報道の皮相性について(考察シリーズ)

   足利事件報道の皮相性について(考察シリーズ)
  
 菅原さんが、17年半ぶりに釈放された。この報道を、昨日、特に放送メデイアを中心に見ていたが、いずれも、皮相的で真相を伝えていない。

 学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗は、報道機関を、泰葉さんのキャッチコピーをもじって「金髪でない豚野郎の馬鹿なメデイア」と言っている。

 特に、放送メデイアは口から出まかせで、このとおりの存在である、と言ってもいい、現状がある。

 今回の報道であるが、視聴者が知りたい事の本質は、菅原さんは、無実なのか、疑わしきは罰せずなのか、ということである。端的にその事を報道しなさい、と言うことではない。

 つまり、DNA鑑定は、初期の鑑定は確立が低く、今のものは確立が非常に高いということを前提にして、「着衣についていた「体液」(という報道)」は菅原さんのものではない、ということは真実であろう。

 知りたい事の一つ、捜査機関は、捜査員の汗であることの可能性を調べて、そうではないということは報道された。それ以外の者の体液などが着衣に付着する可能性があったのかどうか、である。

 二つは、つまり、着衣に付着していた体液の位置などから、本件の犯行との密着性、体液などが付着していたということと犯行との結びつき、犯行に必然であるのかどうか、ということだ。これが明確になれば、菅原さんは無実であることが、視聴者には容易に判断できる事になる。

 三つは、報道では、「DNA鑑定と自供とを有力な証拠」として、としているが、自供以外になにがあったのかを知りたいのである。何かほかに、容疑となった事実があるのであれば、事実そのものである必要はなく、その有無だけでも報道すべきではないかと考える。

 通常、「金髪でない豚野郎の馬鹿なメデイア」は「冤罪」という言葉を不用意に使うが、これは無実のことで、なにもやっていないことなのである。

 これとは、別に、万が一を考え、「疑わしきは罰せず」というケースもあることを前提に報道する必要があるのである。

 高等検察庁も今回の事件を「無罪を言い渡すべき証拠に該当する可能性が高いと判断した」と言っているようだある。

 つまり、無罪そのものではなく、「可能性が高いと」と判断して、刑の執行を停止した、としているではないか、報道は公正、真実を伝えるのが、その、使命であるのである。(終わり)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック