ああとに熱く!  コメンテーターについて(考察シリーズ)~中田横浜市長に注目しよう~

  コメンテーターについて(考察シリーズ)
     ~中田横浜市長に注目しよう~

 コメンテーターについては、「ニュースや報道番組は客観報道の原則により、事実と意見を混在してはならない。ニュースキャスターは意見を述べる事は出来ない。よってニュースの見方や意見を述べる第三者としてコメンテーターが必要となる。(ウイキペディア)」と言われている。

 果たしてそうだろうか。学者でもない、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗はそうではないと考える。

 コメンテーターが局(デレクター)に系列化されているのではないか、局(デレクター)に迎合しているのではないか、客観報道に名を借りて局(デレクター)が思想傾向を見て選別しているのではないか、と考えているのである。

 世間に疎く勉強もしていないが、不肖、今唐でも、バラエテイーと称する政治や報道を素材にするジャンルが新しく出来ていることは承知している。

 しかし良くわからない。笑っていればよいと言うだけでもあるまい。

 ワイドショーや報道番組にコメンテーターを呼ぶ場合、事前に入念に打ち合わせをしたり、あるいはテーマを知らせるだけで済ませるなど、番組に寄って様ざまなようである。

 私とこは、共産主義社会の実現を目指していますなど、局は旗印を鮮明にしたらどうであろうか、その方がすっきりすると思う。駄目なら、キャスターが、私も、共産主義社会の実現を目指していますなどと宣言しておいたらどうであろうか。

 そうなれば、不肖、今唐のような一般大衆や寅さんのいう労働者階級は非常にすっきりして、惑わされない。メデイアは、客観報道にこだわる必要はないであろう。アメリカではそうなっていると言うではないか。
 
 不肖、今唐が言いたいことは、コメンテーターなどと称して、とうとうと喋っているが、ちゃんと報酬を受取り、こっちの方が本業になっている似非専門家も多く、不肖、今唐や一般大衆や寅さんのいう労働者階級と大して違わない人も居るということをわきまえるべきだ、ということである。

 昔、番組や局の意向にかまわず、「私はこう考えます」と前置きして、理路整然と解説する「シナリオ破り」のコメンテーターが居て、気持ちよかったが、名前を思い出せない。残念である。
 
 テーマに副題としてつけた中田さんであるが、今朝のテレビ(10チャンネル読売テレビ あさパラ!)をみて「名前を思い出さない評論家」と似ているなと思ったので「注目しよう」、と紹介しました。

 「今の政治について、500人から意見を貰った」旨、キャスターの辛抱さんが紹介し、その中の意見をいくつか読み上げたのだが、不肖、今唐、同様の手垢のついたもので、いずれも皮相的な内容ばかりであった。彼はそのことを切って捨てたので、「お主やるな!」と思っただけの話です。

 繰り返すが、記事の結論としては、コメンテーターも様ざまで信用ならない人や発言もあるので注意しようと言う話である。併せて、コメンテーター自身の研鑽も望みたいのである。(この項終わり)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック