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zoom RSS あゝとに熱く!平成25年10月22日、衆議院予算委員会雑感(考察シリーズ)

<<   作成日時 : 2013/10/23 08:51   >>

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 平成25年10月22日、衆議院予算委員会雑感(考察シリーズ)

 昨日は終日予算委員会を見て過ごした。概観としては良い審議状況であった、と「学者でもなく、文章を売ってもいない、市井人の不肖、今唐加太朗」は思った。

 特に良いと思ったのは維新の元横浜市長中田宏議員であった。彼は維新から出した法案にそって議論を展開を展開した。おおむね安倍総理も参考にして取り組む、との答弁である。

 一度、このブログの記事で取り上げ、期待できる、と書いた記憶がある。その時の認識は、横浜市長上がりの若者との認識であったが、あにはからんや国会議員の古強者で、安倍総理と「同期」であると自ら語っても居た。

 <ご参考、ウイキペディア>

 *青山学院大学経済学部を1989年に卒業し、松下政経塾に入塾(第10期生)。松下政経塾の同期生には宇佐美登、坂井学、小林温らがいた。松下政経塾時代はゴミ問題に取り組み、やがて商工会議所や地方自治体から講演を依頼されるようになった。1990年には高秀秀信が横浜市長に初当選した際には、中田は高秀陣営のボランティアの1人であり、学生時代から中田は高秀家に出入りしていた。

 *1992年、日本新党の結党に参加。日本新党を結党した細川護煕や、元ニュースキャスターの小池百合子の秘書を務めた後、1993年の第40回衆議院議員総選挙に旧神奈川1区から日本新党公認で出馬し、同区トップ当選を果たした。翌1994年、日本新党解党により新進党結党に参加。1996年、小選挙区比例代表並立制導入後初めて実施された第41回衆議院議員総選挙では神奈川8区から新進党公認で出馬し、再選を果たす。新進党解党後は無所属の会に入党した。

 *2000年の第42回衆議院議員総選挙では、民主党の支援を受けて神奈川8区から出馬。自民党が擁立した、橋本龍太郎首相の首席秘書官を務めた新人の江田憲司を破り、3選。翌2001年、森喜朗首相の辞任を受けて行われた首班指名選挙では、会派「民主党・無所属クラブ」の所属ながら、鳩山由紀夫民主党代表ではなく同じ神奈川県選出の小泉純一郎自由民主党総裁に投票。この行動が菅直人民主党幹事長の逆鱗に触れ、会派から除名された[3]。以後、2002年に議員辞職するまでは無所属で活動する。

 *2002年、衆議院議員を辞職。無所属で横浜市長選挙への出馬を表明する。当初、先んじて立候補の意向を示していた竹田恒泰が中田の出馬表明後、自身の立候補を撤回して中田の支援に回った。

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 彼は、神奈川県人であるが、前の記事で神奈川県人の悪口を書いたが、どうやら、神奈川県人は素っ頓狂であるが政治好き、でもあるのだろう。良かったと思う理由は、質問に無駄がなく、不肖今唐がこのブログで書き飛ばしていることと概ね合致していたからである。

 大阪の維新は支援はしているが、訳のわからないところがあり、例えば堺屋太一氏を最高顧問にすえており、相変わらず道頓堀にプールを作るなどと言っており、目先の利く大阪商人が金を出す筈がなく、また、大阪市も金を出す筈もない。プールを作ったり、しまったりの維持費を考えてみよ、と言いたい、また堺屋太一氏は我が宿敵竹中平蔵氏と組んで「村上ファンド」に出資するような人物なのである。

 少し横道にそれたが、委員会で「悪る」かったのは、共産党の笠井亮衆院議員、普通の政党を装っているのに党のためにもならないであろう。日本の政治のための積み上げる本当の質疑(中田氏)ではなく旧態依然の質問態度である。

 次は、生活の党の畑 浩治氏(岩手2区2期目で元建設省官僚)昨日の質問でも出た「TPPの「聖域」について同じことを5回(昨日は6回、前の記事で書いた)も繰り返すなど冗長であった。

 (この項おわり)
 

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